ひとつ きっかけに理由をつける
 一年にいちどだけ

 少し 苦笑しつつもそれでも
 思い出すくらいなら。

 遠く軽口をたたき合いながら
 それでも そっと祈りのように。

 緩やかな時間の流れを過ごす 村の冬の話。



 幼馴染と言えるくらい長い時間を過ごしたかと聞かれたときに、そうだと即答できない位の長さを共有した顔なじみの青年がひょっこり顔を見せたのは、かれこれ半年ほど前の事だった。
 そして彼がのっぴきならない事情で旅をしている事を聞いて、こうして会えるのが本当に最後かもしれないと思って、互いにそれを口に出さずに可愛げもなく笑いあったのも半年前の事だった。
 社交辞令のような励ましもなく、ただ一言あいづちを打つのが自分に出来ることなのだと悟ったのも同じ日だった。

 言葉に出さず一方的に約束のように心にしまった。
 彼が今どうしているのかは、もう自分に知るすべはないけれど。
 自分の心の中では彼は今日も生きている。


「ライカ!早く早くー!」
 少し先を歩く少女が、もどかしげに後ろを振り返りながらそう急かすように叫んだ。
 ライカと呼ばれた少し後ろを歩く少女は、それに苦笑しながらも歩きを早める。
「・・・マリーったら、そんなにせかさなくったって、間に合うってば」
「もう、ライカって何でそんなにマイペースなのよ!」
 少し先を歩くマリーと呼ばれた少女は、そんなライカの様子に気をもんだようにその場で立ち止まって軽く地団駄を踏む。
 そんないつも通りのやりとりに、ライカはまた内心だけでこっそり笑う。

 山深いリックスの村の冬の訪れは早い。
 それでもこの村の水源とも言える湧き水は冬でも凍る事無く流れ続ける。
 村人たちは、それを精霊の加護だとありがたがり精霊を讃える祭りを一年に一度催している。
 冬が訪れ出すばかりの時期にそれは行われる。
 その年も水が凍りつかないように祈り、そして次の年も水が潤う事を祈って讃える。
 毎年ひっそりと、それでも確かに行われる。それは村人達の憩い的意味も大きい。

「もう、なんでいっつもそんなに若さが足りないの、ライカったら!置いていっちゃうから!」
 マリーが言ったその一言には思わずライカの顔が引きつった。
 いくら何でも聞き捨てならなかった。
 「いつも」と「若さが足りない」のどちらに反論を返そうかと逡巡しているうちに、マリーは痺れを切らして本当にライカを置いて足早に駆け出した。
 鉄砲のようなその勢いにもう苦笑するしかなく、そのままの速さでライカは歩いていった。
 右手に持ったろうそくを左手に持ち替える。それは祭り用に些細ながら赤地に絵が描かれる細工が施されている物だ。ろうそくの色は赤地と決まっている訳ではなく、青だったり緑だったり様々だ。描かれているのも鳥だったり花だったり様々だ。
 村の中央の広場では大きなかがり火が灯され、皆そこから個々のろうそくへ火を移し変えて灯りを増やす。家々の灯りが落とされた中で幾つものろうそくが輝くのがとても綺麗で、毎年の事ながら目を奪われる。

 ライカがようやく中央の広場にたどりつくと、案の定マリーは少し顔を膨らませて待っていた。
「ほんっとに、遅いよライカ!」
「・・・まだ始まってないじゃない」
「ほんっとに、ライカって若さが足りない!」
 まだ言うか、という面持ちでライカの顔が少し引きつる。
 マリーはそれには気付かずに、怒っていた事も忘れたように中央のかがり火の方を楽しげに見つめている。
 ころころと変わるその様子にまた内心笑いながらも、ライカもかがり火に目を向けた。

 組まれた木が既に大きく燃える。
 大きくはぜて、火粉を赤く撒き散らす。
 消えては燃え消えては巻き起こる赤い粉が上空へ向かう様子をただ見つめる。
 暖かくて、ただ綺麗だった。

 ライカが広場に着いた時あたりが丁度開始の時期だったらしく、既にかがり火の前で村の長が祝いの言葉を並べていた。
 楽しげに手のろうそくをいじっているマリーにはそれを聞く気がないのがありありと見て取れた。
「もう、いっつもこれからが長いよねー」
 少し飽きた様子でマリーは相変わらずろうそくをいじる。芯を引っ張っているのでいずれ取れてしまいそうな勢いだった。
「マリー、燃えるトコなくなっちゃうよ」
 そう諭すとしぶしぶながらも彼女はそれをやめた。不服そうに少し顔を膨らませながら。

 またかがり火に目を向けながら、ライカは半年前にまた旅立った青年を思い出す。
 毎年のこの静かな行事を迎えながら、彼は今どうしているのだろうかと思い出す。
 相変わらず彼からは便りの一つもなくて、少し腹正しさのような物を抱えながら思い出す。
 それでも漠然と今もどこかで元気にしていると思った。
 確信でもなくただの予感で。それでも当たっているという自信がある。

 村の長の言葉が終わって、村人達が待っていたかのように列を組んだ。
 自分のろうそくに灯りを移すのは一度に一人づつ。
 ライカがのんびりと列に入ると案の定最後に近い方だった。
 一緒に並んだマリーはまた不服そうにライカの服の裾を引っ張った。
「ごめんてば」
 その顔を見るだけで、マリーが何を言いたいのか分かって笑いながらライカは謝る。
「笑って言ったって説得力がないんだから」
 口ではそう言いながらも謝られて気が晴れたのかマリーも今度は笑った。

 お互いに笑いながら、列を組んで待った。
 前に並ぶ人が減って、自分の番になった。

 中央の火から灯りを移す。
 手に炎の激しい熱さを感じて少し怯んだ。
 ジジジと燃える音がして時が止まったような気がした。
 急かすような期待と終わってしまう寂しさの瞬間に似ていた。
 止まる時が動き出して、自分のろうそくに灯りがともる。
 そしてライカも列を少し離れて移動した。

 周りを見ると同じように灯りがともっていた。
 同じひかりを持ちながら抱える思いはいくつ。
 だから今こうして自分が思い返しているのも、一年に一度のきっかけからだと思って火を見つめる。


 今度は約束ですらないけれど、それでも無事でいなさいよね。

 しょうがねえなあと笑いながら、炎が揺れたように見えた。
 元気にしているという予感を裏付けるように見えて、ライカは少し笑った。

 約束ですらなくて、祈りでしかないけれど
 それでも それが届いて今日も元気だと
 そう見えて少し笑う。

 気付いたらマリーも隣にいて、何かお願いしたのと聞いてきた。
 風来坊の無事を祈ってやってたのよと答えてライカは炎を見つめた。

 しょうがねえなあと笑いながら、また炎が揺れた。




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