「タマには代わろうぜ、タマにはさ」
額に青筋を浮かべながらバッツはそう怒鳴った。
後ろを振り返ると「何のことだかサッパリわかりません」という顔で、女性陣が彼を見つめていた。
「当番だよ、料理の。当番!」
普段の料理の八割以上は彼が製作していたので、既に当番制とは言えないだろうとバッツは常々思っていた。
パーティの中でバッツが一番料理がうまい。
手先の器用さや経験…今まで培ってきたものはダテでは無かったらしい。
それと反比例するかのように、女性陣は料理を不得手としていた。
最年少の姫と、バッツの一つ年下の姫。
彼女らはお世辞に料理上手とは言えない。
「かつて何かの素材だった物」が無残にも黒焦げの残骸で出された事もある。何の料理なのか、どころか何を使ったのかも見当がつなかいようなその光景にバッツは言葉を失った。
「ごめんね、バッツ」
そう肩を落として謝られると、責める気も失せた。
「…これから作る時は、料理の本の通りに作ってくれ」
それだけ言うのが精一杯だった。
バッツと同い年の姫。
海賊として過ごしてきた経験が生きているのか、筋は悪くない、と思う。
筋は悪くないと思うのだが、こいつが一番の曲者だ。
材料をなんでもかんでも鍋に入れ、そのまま煮込む。
彼女の製法の王道だ。
「料理は拳だ!」
と言って、素材を力任せに(素手で)叩き割る・(手刀で)切る。
固い素材の物もそうするので、とても人間が食べれる大きさではない塊がゴロゴロ入っている…なんてザラだ。
「…せめて人が食べれる大きさで煮ろよ」
そう言っても改善の色が見られない。
この女が調理担当した日は、顎が外れそうになるのを覚悟しなければならないのだ。
せめて食事位は「安全においしく」したいと思う。
そんな訳で結局彼が包丁を手にとる事になるのだった。
喜んで食べてもらえる、というのは張り合いがあるものだと思う。
しかし。
しかしである。
それでも限度という物はあるのでは無いか、と思うのだ。
そうしてバッツの不満は蓄積されていった結果、見事に爆発したのだった。
「『自分からやろうとする』事が重要なんじゃないのかなぁ?食える物が出来るかどうかはともかくさぁ」
青筋を立てたままバッツはそう続けた。
聞き捨てならないそのセリフにレナの眉がピクリと動いた。
余計な事を言ってしまったと後悔した時には既に、言葉の取り消しは効かなかった。
「それは『はじめから出来は期待してないから、せめて自分からやろうとする素振りだけでも見せろ』って事よね?」
バッツを見つめながら、レナは優雅に微笑む。だがどこか凄みを感じる笑顔だった。
「い、いや、そんな事は…」
「今日は私が作るわ」
笑顔のままレナはそう言い切った。
「出来上がったら、残さず食べてね」
言葉の後半に物凄い威圧感を感じたのは気のせいでは無いだろうと思う。
「じゃあ、私薪拾い!」
立候補するように、クルルが手を上へ伸ばした。
「バッツはゆっくり休んでて」
その口調は優しかったが、有無を言わさない勢いを感じた。顔をサッパリこちらに向けてこないレナの態度に、バッツに嫌な汗が沸く。
「じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせて貰おうか、な」
張り付けるように笑顔を浮かべて、何とかバッツはそれだけ言った。
「じゃあ、俺も何か手伝」
そう言いかけたファリスの言葉を、彼女の首に自らの腕をガッチリ巻きつけてバッツはロックした。言葉を遮られて、ファリスは苦しそうにうめく。
苦しそうな彼女にも構わずバッツは力を緩めない。
完成品試食の審査員を果たすのが自分だけではいかん、せめて分かち合っていただく戦友も必要だ、と言わんばかりにファリスの首に腕締めをかけ続ける。
必死の形相でもがくファリスの肘がバッツの腹に収まった。
ぐげ、と変な声を上げながらもバッツは腕締めを解こうとしない。だが力が一瞬緩んだ。
「ちくしょう、はなせ!」
腕締めを解こうと必死な様子でファリスが叫んだ。
「うるせえ!オレ一人で試食体験なんてやってられっか!お前も味わえ!」
なりふり構ってられんという形相でバッツが怒鳴る。
人間必死になると信じられないくらいの底力が出るらしい。
ファリスから腹に一発喰らったが、意地でも腕締めは解かなかった。
材料を選んでいた手を止めて、レナがそんな2人の方へ顔を向けた。
「ふたりとも、休んでて」
そう言って可憐に微笑む。
固まった2人に何か言える言葉など、あろう筈も無かった。
ぶすっとした表情でファリスは歩く。
その少し離れた所を、同じように不機嫌な顔でバッツも歩いている。
彼らがいるのは本日の調理担当の二人から少し離れた所だった。
「…おい」
突如立ち止まって彼女は彼の方を鋭く睨んだ。
「白黒はっきりさせようぜ」
バッツも無言で立ち止まる。
「負けた方が『食べ係』だ」
火花のように互いの視線が交差した。
バッツは無言のままだったが、否という態度ではないようだった。
それを了承と取ると、ファリスはおもむろにその辺りに落ちていた細い棒を2本拾い上げる。その片方をバッツに投げ捨てるように渡す。
「差せ」
上衣を留めている腰布に、棒を差しながらファリスは低い声でそう言った。彼女に習って同じようにバッツも差す。
「これを先に取られた方が、負けだ。いいな」
緊迫した空気が2人の間に流れた。
互いに隙を見つけようとするかのように睨みあう。そのまま沈黙が続く。
動かない相手に、ファリスはジリジリと気を揉む。
ファリスからバッツの方向へ風が吹いた。
しめた、とファリスは内心思った。
自分が風上なら立場は有利だ。
素早く右手を前に突き出す。
炎の力を引き出そうと右手を集中させる。火炎の呪文の言葉を大きく叫んだ。
突如炎が大きく踊る。
前面に大きな熱を感じ慌ててバッツは体を反らせた。
ファリスは炎の力の加護を受けている。その為か炎を力を使うのを得意としていた。炎系の呪文は最低限の詠唱で使いこなす。
間一髪、ぎりぎりで攻撃を交わした。
ファリスの攻撃に本気を感じて脂汗がじわりと沸く。
バランスを崩すように体を傾けた彼に、チャンスとばかりにファリスは掴みかかり、腰に手を伸ばす。
彼は腰の棒を庇うように身を屈めると、地面に右手をつく。
それを軸に、体を前方の方へ回転させて跳んだ。
バッツは地へ足を着けると、すかさず指笛を吹いた。
彼の行動にファリスは思わず動きを一瞬止めてしまう。
それが大きな命取りとなった。
次の瞬間―バキバキと草木をかき分けて何かが勢いよく飛び出してきた。
「行け、ボコ!蹴りだ!」
草むらから飛び出してきたボコはその言葉通り、ファリスに向かって蹴りを放った。
突然の事に、しかも予想していなかった助っ人にファリスのガードはがら空きだった。
ボコの蹴りを喰らって地面へ転がった。
すかさずバッツが彼女の首を腕で押さえつける。そのままファリスの腰にさされた棒を抜き取った。
「て、てめえ、汚ねえぞ!」
ファリスが憤怒の形相で怒りをあらわにする。
「うるせえ!お前だって手段選んでねえだろうがっ!」
そう怒鳴り返すと、バッツはファリスから素早く飛びのいた。
今の彼女は手負いの獣のようなものだ。油断はしないに限る。
ファリスはそのままゆっくり立ち上がった。
俯いているので表情は見えない。よほど悔しかったのか、両拳を握り締めている。
「…ナに」
彼女の声は小さくてよく聞き取れなかった。
「レナに全部話してやる!」
顔を上げると彼女はバッツの方をきつく睨んできた。
そのまま乱暴にボコに飛び乗ると「ボコ、オラ行け!」と叫ぶ。
先ほど蹴りを入れてしまった侘びも兼ねているのだろうか。ボコは彼女の命令に忠実に従い、そのまま駆け出した。
「ちょ、ちょっと待て!オレが、悪かったから、待てってー!」
彼の大きな叫びはそのまま空気に吸われて消えていった。
結末は、神のみぞ知る。
* * * * * * * * * *
以前 兎咲りょうかさんよりリンク記念にいただいたイラストをイメージして書かせて頂いた小説をアップしました。
ラブラブにしようと思ったらならなかったという…。あれ、いつも通り…?
(12.08.25)
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