山深いリックスの村。俺の生まれ育った所。
 故郷を出たのは遥か昔、自分の意志だったのにそれでも空気が馴染んで歓迎してくれるのは自分の贔屓目から来るものなのか。
 旅が終わって暫く経つ。
 あれが旅なんて呼べるものだったのか、今の俺にはまだ分からないけど。
「良い旅だった」なんて気軽に言えない程沢山の物を失ったし沢山の物と係わった。それでも大事な物も沢山貰ったし、自分の生きた証となって生きてくんだろうと思うけど。

 なんて考えながら見上げた夕焼けが綺麗だった。
 裾の赤、合間の紫、広がる先は一面の橙、僅かな蒼。全てが混ざり合って遥か遠くの大気で起こっている出来事とは思えないくらい近く現実味を帯びる。

 きっと今この一瞬にもどこかでは、血生臭い事や後ろめたいことやちょっと涙しちゃうような事が起こっている。俺の預かり知らない処で。
 でも時間はいつも動いていつも平等に残酷だ。
 気付くか気付かないかそれだけだ。
 そして今の俺には相変わらず世界が綺麗な事しか分からない。
 それでも良い。ぼんやりとそう思う。

 なんて詩人ちっく(自分褒)な事を考えて草むらに寝っ転がってたら誰かの足音がした。
 足音を殺すように踏む草の音。普通の人間なら気付か無そうなモンだが生憎俺は普通の人間より耳が良い。尚且つ気配を感じる何てのも慣れたモンだ。
・・・まあ、お陰で「遠くから見られてるみたい」なんて気持ち悪がられた事もあったけどな。別に良いけどさ。
 俺の少し近くで足音が止まる。
 俺目当ての客なんて珍しいな、なんて他人事みたいに考えてみたり。

 少し風が吹く。
 山風の冷気を含んでやや肌寒い。
 遠くで鳥が鳴く声がする。澄んだ空気にそれは驚くほど透明に響き渡る。普段なら感慨に耽れるトコなんだけど・・・正体不明の客に訪ねられてる今はそんな気にもなれないし、そいつからの反応も何も無いし。さすがに焦れて来るよなあ。
「俺、もうすぐ帰るけど」
 面倒臭くなって自分から声をかけた。(もちろん寝転がったまま)
 やっぱり俺の行動は不意打ちだったらしく相手が驚いたような空気を感じた。・・・いくらなんでも気付かない訳ないと思うんだけどな・・・。

「何だよ。相変わらずだな」

 驚いた。
 その聞き覚えの有る声に。

 何故なら、それは此処に居る筈の無い相手だったから。

 薄闇に溶けるかのようなトーン。
 それでもその振動は俺の心を捉えて放さない。

「・・・な、なんで此処にいんだよ?!」
 飛び起きるように身体を起こすとそいつの姿を確かめる。
 薄暮に紛れてよく見えないが。
「・・・人の顔見て驚くなんて失礼な奴だな。普通順番が逆だろ」
「良いんだよ。俺は特殊で気持ち悪いから」(根に持ってたんですねバッツさん)
「は?何言ってんだお前?」
「・・・何でもない。こっちの事だから」
「・・・相変わらずオカシナ奴だな」
 毎度ご丁寧な事に「オカシナ」を強調して言ってくれるこの失礼さ。こんな無礼な女が他に居る訳が無い。
 ガサツで乱暴で無愛想で可愛げも無くて、でも誰よりも―。
「ファリス」
 多分今の俺に一番欠けている存在。
 木々の中で余り明りも無くて顔がよく見えなかったけど、歩いて来たのはやっぱりそいつで。
「久しぶりだなバッツ。ってーかお前っていっつも寝転がってんだな」
 俺の近くにある木に片手をかけたまま立ち止まって見下ろす姿。最後に会った時はお姫様のカッコだったけど今は見慣れた旅装束の風体だ。暗い色に紛れて見えるせいで幻めいているけどそれでも本物だと分かった。
「・・・久しぶり。」
 突いて出るのは無愛想な自分の声。暫く振りに会ったってのに愛想も何もあったもんじゃない。  素直になれない悪い癖。
 思い掛けなくてビックリしたけどそれでも嬉しかったりすんのにさ。
「久しぶりって感慨が感じられねえな。相変わらずムカつくお前」
 ファリスの不機嫌そうな声から十中八九のあいつの顔が連想出来て思わず俺は笑ってしまう。
「そこは笑うトコじゃねえだろ」
 益々面白くなさそうな様子になってるな。こうゆうとこ可愛いんだけど。
「立ってねえで座れば?」
 笑いを噛み殺しながら促した。まあ俺の努力はバレてたみたいで腰を下ろしながらファリスに殴られたけど。頭に走る鈍い衝撃が暫く振りのこいつとの再会を実感させる。・・・毎回思うけど、手加減ってモンを知らないのかねこの女は。
「・・・痛えな。イキナリ何すんだよ。」
「そんな事、自分の行動に問え。」
 頭をさする俺を全く気遣う様子もなく言い捨てられる。・・・まあこのやり取りも今に始まった事じゃ無いけどな。

 隣に座ったファリスを見詰める。距離が近くなったせいで今度は顔がちゃんと見えた。
 相変わらずの綺麗な横顔。
 お姫様暮らしのせいか伸ばしっぱなしって感じじゃなくてキチンと切られている長い髪。綺麗に整えられた指の爪。そういう些細な所が前と違っていて、そういう些細な変化こそ結構難しいから何となく遠い感じがして。けど不遜な態度は前のファリスのままで。だから少し安心した。
「お前が此処に来るなんて(かなり)珍しいな」
 ホントは「かなり」の所を声を大にして言いたかったんだが、俺も大人だ。自粛しといてやった。
「・・・お前今なんか違うこと考えてただろ」
 だけど含みを感じたんだろうか。ファリスに睨まれた。相変わらずだな・・・。
「別に、そんな事は・・・」
 ホントかよ、と呟いてファリスは俯いた。俺としてはもう一発殴られるかと思ったんだけど。まあ、痛いのは少ないに越した事はない。
 何かそれっきり沈黙が流れる。こうゆうのってあんま好きじゃないんだけど・・・。
「どうしたんだよ」
 素っ気無い言い方になっちまう。こいつ相手だとどうしてこう・・・
「うん。何か、さ」
 言葉を止めてファリスは髪を掻きあげる。そのままぐしゃぐしゃと頭を掻く。折角手入れされたのが台無しだ。
 ファリスのそんな行動は「言いたい事が有るけど言えません」ってのが見え見えで・・・きっとこいつ俺にはそんな事バレてないって思ってんだろうな。ホント、こうゆうとこ可愛いんだけど。
「何となく、さ」
 歯切れの悪いファリスのそんな様子は暗黙に「察しろよ」ってのが見え隠れして、それでも必死なのが俺的には面白かったりするんだけどそんなのバレたら殺される。
 それにこいつが何を言いたいのか実はちょっと見当がついたりしてたんだけど、本人の口から聞きたかったし。茶々入れるなんて野暮な事するには勿体無い。

「・・・何か、会いたくなった」
 ようやくって感じで言われた言葉。聞き出すまでかなり長い時間かかったけどさ、やっぱ凄え嬉しかった。
 それに。

「俺も会いたかった」

 そしたら、あいつが少し笑ってくれたから。その笑顔がやっぱ綺麗だったから。

 それだけでもう何も要らないと思った。




* * * * * * * * * *

 自分なりに甘くしようとしてたらしいです。無理だったがな。



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