「なぁ、バッツ」
 決まり悪そうにファリスが持ち掛けた。落ち着かなげに頭を掻いている。助けを求めるように、ファリスはレナをチラリと見やる。
 彼女らしからぬ歯切れの悪さに、バッツは意外さを隠せない。
 姉の視線にレナは少し困ったような顔をしたが、体を軽く肘で小突かれて根負けしたようだった。諦めの色と共に切り出す。

「あのね、今日って、バッツの誕生日じゃなかったかしら・・・?」
 自信が無いのか、俯き気味だ。
「おめでと、バッツ!」
 対照的にクルルは無邪気な笑顔で祝ってやる。

 2人のその言葉にバッツは耳を疑った。
「すいません、もう一度言って下さい。」

 彼のおかしな反応に怪訝な顔をしつつ、もう一度レナは繰り返す。クルルの方は、「よく分からない」といった面持ちで首を傾げた。
「・・・・・・誕生日じゃ、なかったかしら?」
 するとバッツはいきなりしゃがみ込んだ。体が震えている。
 その更に訳の分からない行動に、レナとファリスとクルルは思わず顔を見合わせた。
「・・・私、変な事言ったかしら?」
「レナが変な事言う訳無いだろ。あの馬鹿が変なだけだ。」
 心配そうなレナをファリスが力付けてやる。
「気にする事ないよ!バッツがおかしいの何て今更だよ♪」
 クルルはクルルで小首を傾げた仕草のまま可愛らしい表情を浮かべ、酷い事を言ってのける。
 三種三様の言葉はバッツを落ち込ませる以外の何物でも無かったが、幸い彼には聞こえていなかったようだ。

 しゃがみ込んだバッツが猛烈な勢いで立ち上がった。驚いた3人は会話を中断する。益々訳の分からない行動に流石に心配になる。けれども「こんな妖しい男に出来れば関わりたくない」と言うのも本心だ。3人はお互いに目が合うとそれぞれ激しく首を振る。皆の心は一つだ。
 長い間苦楽を共にして来た仲間同士、ある程度の言葉が無くても意思の疎通は可能だったらしい。
 3人の公平な(表情、ジェスチャーのみの)相談の結果(もとい姉と金髪の少女の「言い出しっぺが責任取れ」的な視線に負けて仕方なく)レナが躊躇いがちに「妖しい男」に話しかける。

「あの・・・バッツ、どうしたの?」
 見るとバッツの目には滝のような涙が溢れていた。そのままレナに向き直る。
「レナ」
「な、何かしら?」
 思わず冷や汗を掻きながら後ずさってしまう。やっぱり関わりたく無い。
「いや、レナだけじゃない」
 今度は傍観者2人に向き直る。レナ同様思わず後ずさる2人。
「ファリス、クルル」
 名前を呼ばれた当人達は硬直する。変な汗が体に流れて気持ち悪い。

「お前達にも」
 バッツは涙を流したまま手を広げる。
「人の血が流れてたんだな・・・!」
 その言葉に3人の表情が凍り付く。バッツは言ってはならない事を言ってしまった事に気付いて居ないようだ。
「・・・思えば色んな事で虐げられてたけど、そればっかりじゃ無かったんだな!俺の誕生日の事覚えててくれてホント嬉しいよ。皆の事誤解してた。ゴメンな・・・!」

 彼の演説は続く。それが彼の命を確実に縮めているのだが、知らない方が幸せな事もある。

 女性陣は互いに視線を交わすと、それぞれ静かに微笑む。目が笑っていないそれは実態の無いブリザガのようだ。
 はっきり言って恐い。傍から見たら威圧感、もとい迫力のある光景に通り過がりの街人がもの凄い速足で歩き去る。

「俺もお前の事誤解してたよ。」
火に選ばれた海賊の棟梁がバッツの向かいに立つ。
「バッツがそんな風に思っててくれたなんて知らなかったわ。」
水と心を通わす慈愛の姫がバッツの右斜め後ろに立つ。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに。」
大地の志を受け継ぐ可憐な少女がバッツの左斜め後ろに立つ。

「「「覚悟しな」」」


 バッツの運命がどうなったか、定かでは無い。




* * * * * * * * * *

 バッツっていつ生まれなんでしょう。私の中では彼は夏のイメージが。でも冬とかでも似合いそう。



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