帰って来る場所は ひとつ
少し帰り方が 分からないだけ。

道を指すこえが


聞こえる







 もうすぐで一年。
 それは彼が新たに旅出した月日だ。

 日はもう当に暮れていた。
 夜の訪れ。
 世界中どの場所でも時間は巡る。

 一体どの位の道のりを辿ったのか、思い返すのが困難な程に様々な所を廻った。
 ずっと昔に四人の仲間と、正確には五人目の仲間と出会う前に旅をしていた頃と今とは世界の地形は変わっている。
 いや、それは正しくないかもしれない。
 分けられた世界が一つになった。
 世界ごと、姿が変わった。
 漠然と思い描くのと実際見るのはやはり違う。確かに世界の地形は変わっている。

 枯れ木に火をおこしながら、彼は広げるまでもなく頭に入ってしまった世界地図を思い浮かべた。




「待っているのは凄く辛いの。でも今の私にはそれしか出来ない」
 そう言って彼女は肩を震わせた。肩口くらいの長さの髪が揺れる。
 噛み締められた唇が痛々しくて、彼女の中で色々な物が渦巻いているのを表しているようだった。
 そのまま床へへたりこんで、固く目を閉じたまま途方にくれたように彼女は泣いた。
 彼女が待っている人はここにはいない。
「きっと」
 その後の言葉は続かなかった。
 しゃがみこんで彼女をただ、見つめた。
 部屋に差し込む日差しを遠く感じた。
 堪えるように歯を噛み締めた。
 伸ばした指は、彼女に届かなかった。




「落ち着いたら手伝いに行くよ」
 そう言って背を向けていた少女がくるりと身を向けなおした。
 長い金の髪が大きく揺れた。
 夕暮れの色を反射して薄赤く光る。
「心強いな」
 そう言って、彼は少女の頭を無造作に撫でた。
 少女は何も答えず、少しだけ笑った。
 目を閉じて 笑った。




 世界地図を頭に浮かべながら、旅立ったときの事を思い出した。
 遠くにいる大切な人たち。
 待っている人はそこにはいない。


 当たり前のような景色に触れるのが当たり前だと思っていた。
 それがどんなに勝手でどんなに幸せだったか、今なら分かる。




 前も後ろも分からない暗闇の中、手探りで探し当てた気配はふたつ。
 ひとつ足りないのだという単純な事に気付かないほど、余裕が無かった。
 そして気付いた時には間に合わなかった。
 何もかもが瀬戸際でやっとの思いで暗闇から抜け出した。
 喉が枯れる位に名前を叫びながら伸ばした指は届かなかった。
 落ちても構わない位にもっと身を乗り出せば良かったのかと、そうすれば届いたのかと今でも思う。



 もうすぐで一年。
 呼んだ名前に答える人がいない。
 風の便りを宛てにする程希望的なつもりは無かったが、こうも足取りが掴めないのが辛い。
 毎日が希望と虚無の繰り返しだった。


   なあ 返事しろよ

 声に出さず彼は呼ぶ。

   お前が答えたら、それで世界は本物になるんだ

 声にならず 嵐のように叫ぶ
 絞るように息を吐いて、目を閉じる。
 熱くて熱くて目が燃えるようだと思う。

 振り返りながら尊大に笑う顔を思い出す。
 思い出している。

 思い出した物を掴むように胸を掻き毟った。



 伸ばした指先は 彼女に届かない。




* * * * * * * * * *

 ファリスがいないエンディングのつもり



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