「なあ、昔話をしてやろうか」

 突然向けられた言葉。
 こんな風に姉が脈絡もなく唐突な事を言い出すのは今に始まった事では無い。
 夜の暗い海を見つめながら、姉妹は砂浜に腰を下ろしている。
 妹は何も言わない。
 波の音が沈黙を繋ぐ。
 姉は答えない妹に構わず、そのまま続けた。

「昔むかし、ある所に弱っちい女の子がいました。
 そいつはある日家族と生き別れになり、拾われた先で生活していました。」

 妹は黙ったまま聞き込んだ。
 姉の、たゆたうような声は聞いていて不思議に落ち着く。
 幼い頃に亡くなった母の小さな歌声を思い出す。
 今ここで響く波の音に似ていると思う。

「他人との生活でしたが、不幸ではありませんでした。
 それでも、その女の子の心が完全に満たされる時はなかったようでした。
 そうして自分の家族への葛藤からか、女の子はいつも自分を粗末にしていました。」

 妹は姉の横顔を見つめる。
 彼女がこちらを向く事は無かった。彼女が見つめている所には届かない。
 姉をとても遠く感じた。
 瞬きをしているうちに彼女が消えてしまいそうな気がして怖くなった。

「そんな女の子に格好の時期が来ました。住んでいる所の海で化け物騒ぎがあったのです。
 誰も恐れて確かめようとしませんでした。

 そして女の子は自分がどうなっても、知ったこっちゃ無かったので」

 妹は座った所の砂を思わず握り締めた。
 砂の冷たさに我に返った。
 その冷たさが嫌で握った砂を全て離した。
 握った跡だけ残る。
 姉は気付かない。

「化け物がいると言う海に、無謀に飛び込みました。
 死ぬかもしれない、と思わなかった訳ではありませんでした。むしろ死んでも構わない、とさえ思っていたのかもしれません。

 そして、飛び込んだ女の子は」

 姉の話が途切れた。
 姉はこちらを見ない。
 横顔を見つめたまま妹は手を握り締める。
 今度は砂を掴まなかったのにその感触は冷たかった。
 これ以上は聞きたくないんだと思った。
 この先の話を聞くのがどうしようも無く恐かった。
 同じ時間だけ彼女へ抱いていた思いが裏返りそうで恐かった。
 裏返されそうで、恐かった。
 彼女がどんな思いなのか、知るのが恐かった。

 多分、今が最初で最後なんだろう。
 聞かないといけない。そんな気がした。

「それで、女の子はどうしたの?」

 声が震えた。
 姉が妹の方を向いた。
 突然、相槌を打たれたことに彼女は驚いたようだった。
 促されるような視線に話を繋げる。

「…女の子は海の中で竜と出会いました。
 言葉は通じませんでしたが、確かに心が通じ合ったような気がしました。
 そして、女の子と竜は友達になりました。」
「終わり?」
「いや。もう少し続くんだ。

 竜と出会ってから女の子は少し変わりました。
 それから色んな事があって、女の子は本当の家族に出会ったのでした。」

 話を切って姉がふと優しく微笑んだ。そして締めくくる。


「女の子は、幸せに暮らしていると言う事です。」


 涙が出そうだ。
 懸命に堪えているから、きっとおかしな顔になっているだろう。
 俯く妹を姉はそっと撫ぜてやった。

 妹がそっと抱きつく。
 姉も抱き返した。




* * * * * * * * * *

 昔書いた物を大幅に手直ししました。
 ファリスのセリフはほぼそのまま残しました。
 色々脳内設定満載ですが、まあ多めに見てやって下さ…
 「夜」「海」「砂浜」で空には満月です。お約束です。
 こうして姉妹はシスコン道を更に駆け巡る事に(注:脳内設定です)
(2004.09.15)


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