手頃な場所を見付けてバッツは寝転がる。皮膚に雑草の刺さるような感覚を感じたが、それ程気にはならない。木の隙間から空の色が見える。昼曇っていたからか星の無い夜闇が窺う。無表情な色も手伝って暗さが増す。抜けるような空を見たかったバッツには少し不満だ。
 他の仲間達はさほど離れていない場所に張られたテントで休息して居る筈だった。

 当初の予定では陽が有る内に平地に出る手筈だったが、予想以上に深い森だった。やはり一日で抜けるのは無理だったようだ。地図と実際の距離感の違いを実感する。もう陽も落ちている。視界の悪さは昼間とは比べようも無い。必要以上の強行は危険を煽るだけだ。

 目を閉じる。草地に寝転がるのは好きだ。空気の音が聞こえるようで好きだった。
 少し離れた所から僅かに草を踏む音がする。普通なら魔物の接近かと焦っても良いものだが、音主の見当が付いているバッツにその素振りは無い。距離が近くなったのを見計らって声を掛ける。
「何だよファリス。」

 なるべく気配を消して居たのに絶妙なタイミングで先手を打たれてファリスは驚く。別にわざとそうした訳では無かったが、自分の行動を見透かされていたようで何だか面白くない。
「・・・いつまでも戻って来ねえから、探しに来てやったんだろ。」
「それはどーも。」
 相変わらず目を瞑って寝転がったままのバッツに、ファリスは少し苛立つ。
「どういたしまして。」
 嫌味を込めて返してやる。
「こちらこそ。」
 ぶっきらぼうにバッツも返す。
「・・・お前、蹴っ飛ばされてえのか?」
 段々不機嫌になる様子がバッツには少し面白い。だが、少々命がけだ。
「いーや。」
「勝手にしてろ」
 捨てるような言葉の後にファリス遠ざかる気配がした。半ば蹴飛ばされるのを覚悟していた彼は拍子抜けする。痛ぶられたい願望が有る訳でも無いのに、何だかつまらない感じがするのは何故だろう。

「なあー」
呼び止められてファリスは立ち止まる。相手にするまいと思っていたのに反応してしまった自分に少し後悔する。そんな心情を知ってか知らずか、元凶の男は至って呑気だ。
「こっち来いよ」
 行ってなんかやるもんか。だがそのまま去る事も出来ずに居る。自分の中の迷いに彼女は不愉快になる。
 黙ったまま振り返ると、身体を起こしたバッツと目が合う。悪戯っぽく光る蒼い目が不愉快度を更に誘う。
「やっぱ蹴飛ばしとけば良かった。」
思わず物騒な呟きが漏れる。バッツには聞こえていなかったようだけれど。
「良いモンあるんだけど」
 そして、幸いにも命拾いをしたバッツが何かを振って見せた。小さな瓶だ。それを見て思わず心が躍る。
 彼が手にしていたのは珍しい種類の酒だった。凄く高い酒ではないが、一部の地方でのみの限定で造られている物だ。貴重な代物だ。
「飲むだろ?」
答えなど聞くまでも無い、といった風にニヤリと笑う。
「しょうがねえな。付き合ってやる。」
 不愉快なのは変わらなかったが酒力には勝てなかった。現金な自分に心内で苦笑しつつもバッツの所に戻る。悲しきかな飲兵衛の性。


「こんなモンいつの間に手に入れたんだよ」
 バッツの隣に腰を下ろしながら問いを向ける。
「企業秘密♪」
 飄々とした答え方が面白くない。ムカつく奴だ。
 バッツを軽く睨むと、酒瓶を素早く奪い取ってやる。
「っなにすんだよ」
 毟り取られてやや怒ったようなバッツに少し気が晴れた。
 「ざまあみろ」という意地悪い笑みを向けると酒瓶に目を遣る。小さめの硝子の容器に半透明な白色の液体が半分程入っていた。残りの半分は誰かさんの体内に納まってしまったらしい。

 ふとファリスは肝心な物が無いのに気付いた。
「・・・グラスは?」
「ある訳ないじゃん」

 グラス無しとゆう事は・・・。何だか嫌だったが、念の為飲み方を聞いてみた。
「・・・お前どうやって飲んでたんだよ。」
「は?口で飲んでるに決まってんだろ?」
 バッツは何でそんな事聞くんだ、といった表情になる。
「・・・じゃあ、俺はどうやって飲むんだよ」
「おんなじく飲めばいいじゃん」
 やはり、何聞いてんだコイツという表情のままだ。それにファリスはムっとするがそれ所では無いのを思い出す。
 この馬鹿はその行為がどういう事なのか分かって無いらしい。自分だけが動揺しているみたいで、焦る。

「別に間接なんて気にしねえだろ?」
 薄闇の中バッツが悪戯っぽく笑う。その蒼い目にファリスは、焦る。
 どうやら分かって言っていたらしい。完全に遊ばれている気がする。やっぱりムカつく奴だ。
 酒瓶を開けながらバッツを睨むと、ファリスは口を付ける。
 液体が喉を通ったが、アルコールの焼けるような感覚も味も感じなかった。

 唇が熱い気がする。




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 友達以上恋人未満な感じで。



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