そん時の俺が何をしてたかっつうと、水汲みをしてた。
 仲間内の男手は俺しかいないから、実質肉体労働系は俺になってる。
 別に多数決とかとった訳じゃないんだが自然といつの間にかそんな事になってて、「俺の負担多くね?」とか思う事もあったけど言うだけ無駄だ。
 諦めは早いに限るって訳で、そんな事今じゃあ不満にすら思わなくなった。もう当たり前になりすぎてんだな。


 その日はいっつも通り野宿だった。
 俺は慣れてるからいいけどな。
 仲間内のお姫様らが最初は慣れなかったみたいで、野宿の度に「宿がいい」ってなってたっけ。
 その度に俺が切々と「お金の有難味」「節約がどれだけ重要か」というのを訴えてたわけだ。それが功を成したのか、今では野宿に文句も出なくなった。

 俺達一行は貧乏なんだ。
 資金は旅の為に必要な日用物資にまず最優先で回すから、無駄に使っていい金なんか無い。
 財布を管理してんのは俺だ。
 余裕の無い旅程がどんだけ危ないもんなのか誰より知ってるつもりだ。



 全ての金を人数で等分に分けて個々で持ってた時があったんだ。最初の頃の話だがな。
 それは大きな失敗だったと気付いたのはすぐ後だった。

 まず予想通りファリス。
 あいつに持たせた金は、酒・武器にその日で消えた。武器ならまだ良いんじゃないかと思いそうだが、そうは行かないのがあいつの凄い所だ。防具を売っぱらってその分強い武器を買いやがった。
 「攻撃は最大の防御」っつったってバランスってもんがあるだろ、と俺は開いた口が塞がらなかった。

 そして次点のガラフ。
 年の功ってヤツで大丈夫だと思ったのに、そうは行かなかったのはもう才能と言ってもいいんじゃないだろうかと思ったもんだ。
 ガラフが何につぎこんだかってーと、酒とそして意味の分からんお守りだった。
 奴が「御利益があるんじゃ!!」と自信満々に言うのを目にして俺は頭痛がした。1個や2個ならまだ可愛いもんだろ。だがガラフが買い込んだのはもう、数の暴力だとしか思えない位の個数だった。何個かなんて怖くて数えれないような、もう涙が出るくらい爽快な眺めだった。ホントに泣くかと思ったけどな。

 そして大穴のレナ。
 こつは大丈夫だと思ってたんだ。だが俺が甘かった。
 前述の二人の余りの惨状ぶりに俺は尚更レナが最後の砦だと思った。
 そんで一番最後に合流したのもレナだった。
 そん時のレナが何を持ってたかっつうと、阿呆な程の大量のポーションだった。
 つうかな。何でだよって感じなんだけど、いくら回復薬とはいえ持ちきれない位の量があったら邪魔なだけだろ。
 だからその光景を前に俺は呆然としてた。

「レナちゃん、質問な。アイテム袋の許容量には制限があるでしょうか」
 俺はキレそうになりながら、顔だけは笑顔でレナにそう聞いたんだ。
 レナは「何でそんな事聞くのかしら」って顔で「あるんじゃないのかしら」って答えた。
「そんじゃあ次の質問。その量は袋に入るんでしょうか」
 そこまで聞いて初めてレナは気付いたみたいだった。
 俺はもう笑うしかなかった。

 結論。こいつらに金を持たせてはいけない、という事を俺はその時痛いほど思い知った。





 黙々と水汲みをしながら、俺は物思いに耽ってた。
 単純作業ってのはどうしても意識が飛びがちになってしまう。それでも体が覚えてるからか、心ここに在らずの状態でも延々と水汲みをしていた。



 昔の事だ。
 昔って言葉は不思議だよな。その表現を使うと自分が生まれるずっと前の事のような気がする。そう思うと、昔って言葉はしっくり来ない。それ程前のことじゃないから。

 そん時いきなり雨に降られたんだ。
 あっというまの事で、俺らはすぐずぶ濡れになった。
 んで近くの木に非難して、雨避けをしてたんだ。
 そしたらあいつが、あいつってのは自分の性別を分かってねえバカタレの事だが、とりあえずあいつがいきなり着替えようとしやがった。
 信じられねえだろ、俺の目の前で服脱ぎだそうとし始めたんだぜ?
 あいつは自分の事女だって思ってねえみたいだが、そうはいかねえだろ。
「ちょっと、待てや!」
 そんな俺にあいつは不服だったみてえで、すぐに噛み付いてきた。まあそうなるとは思ってたけどな。
「着替えるなら俺が移動してからにしろよ!お前さあ、自覚が足んなすぎなんじゃねえのか」
 あいつも引かねえからいつも通り、一触即発めいた空気になったけどレナが俺に加勢してくれた。
 俺の言い分は間違ってねえ筈だ。
 けどレナの「今回はあいつが悪い」って言い分は何か納得行かない。
 いつもは俺が悪いみたいで何だかカチンと来るよな。
 こういう些細な事って実は気になる。根に残りやすいのって案外こういう小さい事だったりするからな。
 この妹姫はたまにシンプルにざっくり心を抉る。しかも多分、分かっててやってるからタチが悪い。だが俺が最も敵に回したくないのもレナだ。もうこうなったら黙ってるに限る。

「じゃあ、俺あっちの方で着替えてくる」
 そう言って仲間達に視線を遣ると、レナはファリスにまだお説教モードのままだったからこっちの事は我関せずだった。クルルだけにっこり笑って俺に手を振ってくれる。
 クルルも喰えない所持ってたりするんだが、こういう所は可愛いよなあって思う。
 殺伐とした中での唯一のオアシスに近い。このまま素直な大人になって行って欲しいと思ってしまう。
 最近あいつらに影響されつつあるから、そんなクルルが俺は心配だ。

 ファリスの方に目を向けたら、視線が合った。
 言いたい事が色々合った気がしたんだけど、あいつと目線がかち合ったらどっかに飛んだ。
 自分を女だって思ってないアイツ。
 俺の事を男だって分かってないアイツ。
 仲間内にだけは――レナにもクルルにも俺にも、でも多分レナに対しては一番無防備なアイツ。
 今までのアイツが脳内で再生されて、今のアイツに繋がる。
 色んな物が混ざり合ってせめぎ合う。多分、憎らしいって言葉が一番近い。でもそれだけじゃない。
 うまく言えないけど、透明で穢れてない物と、粘着質で苛々した色の泥みたいな物を一纏めにして団子状にしたような感じ。
 あいつの目が俺を見ている。
 そう把握したら、途端に憎らしいというのから憎いというのに近くなった気がした。
 これ以上見たら透明な物と、泥みたいな物が一層濃度を増すんだろう。そう思ったら俺は目を逸らしてた。

「お前、女だろーが」
 それでもおさまらなくて、あいつにそれだけ言った。
 ファリスの方を見なくても、あいつが怒ってるんだろう事が気配で分かった。そして今の言葉がどれほどアイツを抉るかも分かっていた。
 あいつを苛付かせて――切りつけて、俺はその方向へ向かうのを止める。
 けれど、あいつを切りつける事を喜んでいる俺はもうあいつの友なんかじゃないんだろう。

 大分前から多分、分かってた。それでも往生際悪く足掻いていた。
 認めたのは最近だ。
 認める事で楽になるなんて限らないんだ。
 尚更重くなる事だって嫌って程ある。

 今の俺みたいに。



 それからこんな事もあった。
 これも昔の事だ。
 でも、そんなに前の事じゃない。
 遠い昔の事みたいに思い返すのは、多分昔の事にしたいんだろう。
 それが効き目を持ってるかどうかは、もう考えるのを辞めた。


 ファリスはその時すげえ具合が悪いみたいで、でも意地っ張りだからそれを頑張って出さないようにしてた。
 そんなとこ頑張ってどうすんだよ。
 実はクルルだってその事に気付いてたのにな。
 でもあいつの頑張りに花を持たせて俺は何も言わなかった。

 だから出発する日を延ばしたいってレナが言ったのにも何も言わなかった。
「んじゃあ久しぶりにお買い物ー!」
 そう言ってクルルは嬉しそうだった。
 そんで俺とクルルは宿を出て、レナとファリス二人っきりにした。あいつらもそれが一番良いだろうと思ったからな。

 外に出るとそれまでニコニコしてたクルルが俺の袖を小さく引っ張った。
「どうしたのかな」
 不安そうに小さくそう呟く。
 普段のほほんとしてるけど、クルルはこういうとこ妙に聡いんだ。何て言うか、年の割に場の空気を読むのに長けてるって言うか。俺が知ってる中じゃレナがそれに関して一番だと思うがな。

「意地張れる位だから、そう大したことじゃねえよ多分」
 そう言っておれはクルルの頭をモシャモシャにしてやった。
 やめてよーとか何とか言いながらクルルは嬉しそうだった。こういうとこ可愛いよなあと思う。

「何か買ってってあげようよ、ファリスに」
 気持が少しは上向きになったっぽいクルルがこう言い出した。
「じゃあ、あいつが一番ムカツクもんにしてやろうぜ」
 そんで話し合った結果、意地張ってる元凶の物を買ってってやろうって事になった。
 俺とクルルは連れ立って、薬屋に行って色々物色した。
 でもあいつがどう具合が悪いのかよく分からなかったから、結局手当たり次第色々買った。

 言っとくと俺らは裕福じゃない。むしろ貧乏だ。
 以前の失敗を教訓に、所持してるギルは必要な物揃える為に俺が纏めて管理してる。その中から個々の自由になる金―お小遣いってやつを振り分ける。額的には微々たる物だ。
 そもそも個々にお小遣いを貰えるのも常日頃俺が節約してるからだ。俺の節約術に女性陣はもっと感謝しても良い位だと心の中で思っている。口には出さないけどな。
 そんな中から俺とクルルはギルを出し合ったんだ。我ながらちょっと泣けてくる。勿論嬉しい涙じゃない。
 それでも俺とクルルは出し合った。
 あいつに早くよくなって欲しかったからな。まあ、そんな事口になんか絶対しねえけど。

 薬屋を出てから、買ったブツを俺はクルルに渡した。
 俺が渡す気なんて最初から無かった。あいつも俺よりだったらクルルの方が良いだろう。
 でもクルルは渡したブツを俺に突っ返してよこした。
「バッツが持ってけば良いよ」
 にこりと笑いながらクルルは手を後ろに組んだ。それは即ち「私は受け取りませんから」という意味だ。
「…俺よりクルルの方が良いって、絶対」
 そう言うとクルルちょっと悲しそうな顔をした。
「今のバッツが使った「絶対」って意味は嫌」
 クルルは妙に聡い所がある。
 きっと分かったんだろう、俺が逃げたくて仕方が無いって事が。
「私、街ブラブラしたいなあ。バッツよろしくね!」
 後ろを向きながらクルルはそう言って歩き出した。
 「よろしく」って事は配達係が俺って事だ。俺は気が滅入ったまま溜息をついた。


 宿の中のあいつの部屋の前まで来て俺は躊躇っていた。
 扉は目の前にある。
 事は簡単だ。
 扉を開けて手の中の物をあいつに渡せば良いだけだ。何も難しくなんかないと言い聞かせているのに、俺はしばらく扉の前で躊躇していた。
 レナが居れば良いのにとかファリスが寝てますようにとか思いながら、意を決してこっそりと扉を開けた。
 俺の願いはどちらも叶わず、レナはいなかったしファリスは起きてやがった。

 いきなり開けんなとかとか言われてムカっと来た。
「『今から開けますよ』っつって開ける方が馬鹿みてえじゃねえか」
 そしたらノックすりゃ済むだろとか言われてやっぱりムカッと来た。
「…それもそうだな。悪い」
 気付かれたくなかったからノックしなかったんだよとは言えねえからな。とりあえず流して聞いといてやった。
 もう早く終わらせたかったから、そのまま手の中のブツをあいつに差し出した。
 何だよって顔しながら不思議そうに、それをあいつは受け取った。

 受け取る時に偶然あいつの指が俺のに触れた。
 何なんだよチクショウと思っていきなりイラっと来た。


 俺がいつも躊躇う事を、お前はいつも何も無かったかのように飛び越すんだ。
 俺が見ないようにしているその感覚を、お前は何とも思ってないんだろう。
 だから俺はお前がムカつくんだ。
 お前がそういう部分を見せる度に、俺はお前が憎くなる。
 無かった事に出来ない物しか与えないお前が、憎くて憎くて仕方がない。


 触れ合ってたのは一秒もなかったと思う。
 そんで俺はもう、あいつの顔も見ずにそのまま部屋の外に出た。
 あのままあいつと顔を合わせてたらまた、きっと傷付けて喜んでた。
 いつかの様に、透明な物と泥みたいな物が混ざる前に俺は逃げた。
 それ以外の方法を俺は知らない。






 俺は胸の中ですら、その言葉を使うのを拒んできた。
 使えば多分お前はまた苛付いてそして戸惑うんだろう。
 多分、俺はお前の中で透明な所にいるんだろう。
 そして俺の中でお前は泥の中にいるんだ。
 お前の中にいる透明な俺が消えて無くなれば良い。
 
 きっと俺は、お前を裏切っているよ。
 なあ、ファリス。







 意識はどっかに飛んだまま、見た目は黙々と俺は水汲みをしてた。
 そしたら唐突に名前を呼ばれた。
 顔なんか見なくたって、呼ぶのが誰かなんて分かってた。
 こんな近い距離で聞こえない振りなんて無理だろうと思いながら、俺はそいつの方へ顔を向けた。
 そいつは――ファリスは俺を呼び出すと、俺に見向きもせずにさっさと歩き出した。
 俺の返事も聞かねえのかよと思う。その「他人我関せず」の態度はアイツがアイツたる由縁だ。誉め言葉じゃねえぞ。
 用件が何なのかは分からんが、不機嫌そのものだったあいつの様子に俺は内心着いて行くのが嫌だった。
 行ったら行ったで面倒臭い事になりそうだし、逆ならそれはそれで面倒そうだった。
 どっちにしろ俺にとって良くねえよなと思いながら、渋々あいつに着いて行った。

 あいつはどんどん歩いて行った。
 俺はどこに行くんだろうと思いながら、その後を着いて行った。
 というかあいつはずっと歩いたままで、止まる気配も無かった。
「…お前どこまで行くんだよ」
 更に歩き続けようとするファリスを見かねて俺はそう切り出した。
 歩くのを止めて、あいつは振り返った。そしたらさ、すんげえ目で俺の事睨んで来やがるんだ。何もしてない筈なのに、その自信が無くなって来る位のすげえ睨みだった。


「俺に何か言いたい事があるんじゃねえのか」

 ぞっとする位の低い声でそう言われたけど、俺は意味が分からなかった。
「…はあ?」
 ファリスの怒りが更に高まる気配を感じた。けどさ、ホントに何の事だか分からんしな。
「俺が?お前に?別に無えけど」
 俺のその答えに勿論ファリスは満足しなくて、更に詰め寄ってくる。
「…だから、無えって」
 そしたら嘘ついてると思われたらしかった。
「嘘なんかついてねえっての!つーか、意味分かんねえし!」
 俺らは火が飛び散りそうな勢いで睨み合った。
 頭に血上ってるあいつと口論なんてホント勘弁して欲しい。こんな時こそレナがいるべきなのに、そんな時に限っていないんだもんな。



 ファリス。
 前はこんな風に阿呆みたいに喧嘩ばっかしてたよな。
 お前はいっつも意味分からん理論で難癖ふっかけてきて、その度に口論になったっけ。
 けど俺たちがあの時に戻ったとしても、経由する道はきっと変わらないんだろうと思う。
 何回繰り返しても俺は変わらないと思う。

 苦しいんだ。
 助けてくれよ、なあ?


 周りに誰もいない時に「今なら泣いてもいいんだ」って思ったことがある。
 でもそんな時に限って涙なんか出ないモンだった。
 その瞬間は唐突で、しかも今は勘弁しろよってタイミングで流れるんだ。
 今がそうなら、俺は泣きたいのかもしれない。



 けれどその時泣いたのはファリスの方だった。

 唐突にボロリと、あいつの目から涙が零れた。
「ファ、ファリス、どうしたんだよ?!」
 俺の代わりにあいつが泣いたんだ。


 壁を感じるんだと、あいつはそう言った。
 前はこんな事はなかったと、あいつは言った。


「しょうがねえだろ、分かったの、最近なんだ」
 嘘だ。
 本当は、前から分かってた。
 でも一個しか入らない容器に百個詰め込むようにぎゅうぎゅうに押し込んで、閉じこめておいたらいつか消えて無くなるんじゃないかと思ってた。
 閉じ込めておいたらいずれドロドロに溶けて、消えて無くなるんじゃないかと思ってた。
 押し込んで溶けた物の後に何か残るんじゃないかと思ってた。そして最後に残った物で向き合えると良いと思ってた。
 けれど俺の代わりにお前が泣いた。
 だから終わりにしたいと思ったんだろう。


「―――だ」
 俺は胸の中ですら拒んできた、その言葉を使った。


 けれど俺が拒んで来たその時間を嘲笑うかのようにお前は「聞こえなかった」と言った。
 お前は本当に酷い奴だ。
 こんな奴相手にグジグジしてた俺が多分馬鹿だったんだ。
 こんな瞬間まで憎くて仕方が無いなんて。本当にお前は酷い奴だな。


 ありったけの思いをこめて俺はあいつを睨み付けた。
 
「もう隠さねえ。絶対お前に分からせてやる!!」
 その時俺は悟ったんだ。
 俺がやろうとしてた事全部無駄だったんだって。



 ぎゅうぎゅうに押し込んで閉じこめておいた物は、いつか溶けて無くなると思ってた。その後に何か残るんじゃないかと思ってた。
 そして最後に残った物で向き合えると良いと思ってた。


 だから最後に残った物で俺はお前に向き合ってやるんだ。





* * * * * * * * * *

 花畑2話目は1話目の後書き通り、バッツ一人称です。ホントは1話目はファリス一人称になる予定でした。が、その時点で一人称がどうしても書けず、三人称に変更したのでした。バッツ編ではどうしても一人称にしたかったので、こねくり回してたら何だか1話目以上に長くなっちまったのでした。イヤン。
 そんでバッツが片思い過ぎて報われない話MAXでした。でも今回の話(2話目)はウチのサイト内で多分一番バツファだと思うよ!どっちかっつーとバッツ→ファリスだけど(小声)
 3話からモーション編になります。もっとバツファ色にしたいです。でも多分無理だと思います。

(08.01.30)


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