彼らが選ばれ、そして使命を課せられて暫く経つ。
 クリスタルを守るという事。
 一言で言い表されるそれは、その長さとは裏腹に重い。

 深蒼色の瞳、暗茶色の少し癖のある髪の青年。端正な顔立ちだが、無表情の為か無愛想に映る。その名をバッツ
 赤みがかかった薄桃色の髪に水翠色の瞳。儚げな美貌を不安気な表情に染める女性。その名をレナ
 藤色の長い髪に深翠色の瞳。意志の強そうな硬質の美貌。男装をしているが実は女性である。(その事実は彼女本人しか知らないが。)暗茶色の髪の青年より尚更無愛想だ。その名をファリス
 薄灰色の髪。橙茶色の瞳の精悍な顔立ちの初老の男性。他の人陣より幾分も年が離れていそうだが、その物腰には隙が感じられない。その名をガラフ

 選ばれた者達。
 世界の基盤となる美しい水晶の欠片を手にした時に得た、彼らの果たすべき事。
 自分達は残りの三つの世界の基盤を守らなくてはならない。
 先が見えない戦いだ。先があるのかも保障は、無い。

 一行は小さな村に居た。乏しくなったアイテムの補充の為だ。この近隣に村街は無い。ここで補充しなければ暫くその機会は無いだろう。命と隣合わせの日々を過ごす彼らにとってアイテムの不足は即、死に繋がりかねない。
 この村に着いたのも夜遅かった。アイテム補充は明日にならなければ無理そうだった。それで一行は宿をとり休息する事にしたのだった。小さな宿ながらそれなりに客は入っているようだ。他に立ち寄る宿が無い故だろう。
 遅い宿入りだったが、幸いな事に宿の主人は自分達の為に食事を用意してくれた。
「余りモンで申し訳無いけど」
 そう言った時の主人の顔は本当にすまなそうでこっちの方が申し訳無くなった。
「すいません。こちらこそ、こんな遅い時間なのに食事の用意までして頂いて・・・」
 本当に申し訳なさそうにレナが言う。
「いや、多めに作ってあっただけだから気にする事は無いよ」
 そう言うと主人はテーブルに人数分の食事を置いていく。簡素な料理だったが久しぶりの食卓だ。野営ばかりで過ごしていた彼らには何より嬉しいものだった。

 疲労からか殆ど口数も無く食事は終了する。そのまま自分達に割り当てられた二階の部屋に行くと、彼らはすぐに寝入った。

 次の日。バッツが目を覚ました時寝ているのは彼一人だった。日が高くなっている気配がする。朝というには遅い時間なのだろう。
 彼は起き出して窓を開ける。陽が目に眩しい。木々の葉がそれを反射して幾重もの小さな太陽のように、光る。
 この世界から風が失われたなんて、まるで嘘のようだ。
 嘘なら良い。ぼんやりと彼は思う。
 そして、嘘では無い事も知っている。懐にしまってある水晶の欠片。嘘では無い証拠。
 大きな力に翻弄され為す術も無い自分。重圧に心が焦燥に駆られる。
 考えれば考えるほど出口が無さそうで、彼は考えるのを辞めた。


「そういえば、皆どこ行ったんだ?」
 ふと気付いて口に出す。
 部屋に居るのは彼一人。
「何だよ・・・起こしてくれれば良いのに・・・」
 彼は不機嫌に呟くと部屋を後にした。

 階段を降りた所がちょっとした広い空間になっている。客達はそこで食事や酒を楽しむのだ。そして彼の仲間達も例外では無かった。三人は右端の四人用のテーブルで食事をとっていた。
 階段を降りてきたバッツにレナが気付く。
「あら、おはようバッツ」
 花のように微笑みながら挨拶をする。
「レナ、もう「おはよう」じゃねえだろ?」
 意地悪く笑いながらファリス。
「うるせえなぁ。なんだよもう食ってたのか。起こしてくれれば良いじゃんか」
 テーブルを見ると、皆もう殆ど食べ終わっていた。
「なあ、俺の分は?」
「もう無えよ。起こしても起きねえお前が悪いんだろ」
 その言葉にバッツはがっくりと首を垂れる。
「うっそぉ・・・腹減ってんのに・・・」
「もう、ファリスったら、あんまり苛めちゃ可哀相よ」
 レナが隣に座るファリスを嗜める。
「バッツの分まだあるわよ。宿のご主人に「後から一人来ます」って言っておいたから」
 バッツに顔を向けレナは微笑んだ。
「ホントに?レナ、サンキュ!」
 途端に子供のように嬉しそうに笑うと、彼は宿の主人の所に飛んで行った。
「現金な奴・・・」というファリスの言葉が届いたかどうかは定かでは無いが。届いていない事を祈ろう。知らぬが仏。

 貰ってきた料理を置いてガラフの隣に座るとバッツは一心に食べ始める。他の三人はもう食べ終わっているので彼を待つ状態だ。
「起き抜けでよくそんなに食えるのう」
「こいつは頭にも胃袋が入ってんだぜ、きっと」
「なるほど、そりゃうらやましいわい!」
「もう二人とも・・・でもそうだったら便利かもね」
 手持ち無沙汰の三人は好き放題だ。故にバッツは格好の餌食になる。当然バッツは面白くない。だが何時もの事だし、ここで反論しても相手を愉しませるだけだという事を、これまでの過程で学んでいたので無視して自分の行為を続ける。

「ところでだな、今後どうするかっちゅう見通しを立てといた方が良いと思うんだがの」
 がらりと面持ちが変わった様子で唐突にガラフが言った。
 ふとバッツの動きが止まる。
「見通し?」
ファリスが眉を顰める。
「ああ。やはり危険な旅じゃ。行き当たりばったりと言う訳にもいかんじゃろう」
「・・・そうね・・・確かに。どんなルートを使うかによって色々変わって来るだろうし・・・」
「そこでじゃな」

 バンッ
 唐突な音にガラフの言葉が遮られた。
 三人の目がその方向に向けられる。そこには、食べるのに使っていたフォークをテーブルに乱暴に置いたバッツの姿があった。さっき「食事がある」と分かった時の子供のような無邪気さはそこには無い。顔は無表情だが剣呑な色を帯びている。
「どうしたんじゃ、バッツ」
 ガラフの方に彼は顔を向ける。だが答えない。ただ表情が無く座ったままだ。

 「見通しを立てる」というガラフの提案は尤もだと思う。それによって旅の安全性や行程は確実に変わってくるだろう。分かっているのだ。しかし、起きた時にぼんやりと考えた、漠然とした焦燥が彼に戻って来る。

 何故仲間達は疑問に感じないのだろうか。

 ガラフ責めや怒りとは違う、だが見据えられているような視線にバッツは苛立つ。自分の心を見透かされているようだ。こんなにも弱く泡立っている自分の内部を。
 途端に彼に爆発的な何かが溢れる。おそらくは怒りとか憎しみといった類の。

「・・・なんでだよ」
 バッツの言葉の意味が仲間達には分からない。分かるのは彼が何かに対して怒っているという事。
「なんで、」
 勢い余ってバッツは立ち上がる。蒼い目が怒気に染まる。
「なんで、お前ら平気なんだよ、」
 やはりその意味は分からない。レナとファリスはバッツの変貌ぶりに驚いて彼を見つめる。ガラフだけが変わらない表情で見守っている。こんなバッツは初めてだった。
「なんで・・・いきなり「世界を任される」みたいな事になってんのに、なんで平気なんだ?!なんで・・・なんでだよっ」
 旨く言葉にならない。言いたい事は、漠然と感じている事は有るのに言葉に出て来ない。舌が石になったようだ。

 驚いて怯えたように彼を見つめる水翠の瞳。
 驚いてはいるが怒ったように彼を見据える深翠の瞳。
 賢者のように見守る橙茶の瞳。
「っ・・・・・・」
 仲間達の視線に耐えあぐねて、彼はテーブルから走り去る。そのまま宿の外に飛び出して行った。

「バッツ・・・」
 どうしたら良いか分からないといった面持ちでレナが呟く。
「根性無しだな、アイツ」
 吐き捨てるようにファリスが言う。手持ち無沙汰なのか、使い終わった自分の食器をいじっている。
 その二人を交互に見つめると、少し笑ってガラフが口を開いた。
「・・・まあ、あれだけが本心じゃ無いんじゃろうよ。じゃが、あれも本心の一部ではあるんじゃろう。きっとあやつなりに精一杯なんじゃよ。」
「私・・・知らなかったわ・・・バッツがあんなに追い詰められてるなんて・・・」
 俯くレナに、労わるようにガラフが目を向ける。静かな英知が湛えられた視線。何時ものふざけたガラフとは別人だ。
「のう、そんなに落ち込む事もなかろうて。あんな風に爆発出来るんなら、まだ大丈夫じゃよ。溜め込んで無理をするよりよっぽど良いわい」
「・・・ガラフ大人だな。ちょっと見直したぜ」
 言葉通り感心したようにファリスが言った。
「まあな。だてにお前さんらより、老い先短く無いからのう」
冗談ともつかぬ事を言うと彼は豪快に笑った。思わずレナとファリスもつられて笑ってしまう。張り詰めていた空気が和らいだようだった。

「さてと、んじゃ俺ちっと出てくるわ」
そう言うとファリスはテーブルから立ち上がった。そのまま宿を出ていく気らしい。
「ファリス、どこに行くの?」
思わずレナは引き止めてしまう。ファリスが居なくなるのが何故か心細かった。
「んー、根性無し君をちょっとばっかシめてこようと思って」
微笑んで物騒な台詞をサラっと吐いた。レナの顔が引き攣る。多分、止めても無駄だ。
「…ほ、程々にね・・・」
「おう、任せとけ」
惚れ惚れするような笑顔でそう言うと、ファリスは宿から出て行った。
 任せたらどうなるんろう・・・バッツの無事を祈りつつレナはファリスを見送った。
「ねえガラフ、ポーション多めに買っとかないとね・・・」
「そうじゃのう」
老人は呑気に相槌を打つ。彼女はこっそり溜息をついた。


 そう広くない村の道の外れに小さな広場のような場所が有る。木々に囲まれて見えにくいが、堅い性質の草は余り生えていないし木陰があるので日差しを避けるのにも困らない。面積こそ十畳分程しか無いが寛ぐには申し分無かった。こういう場所は好きだ。遥か昔に故郷だった所を思い出す。
 寝転ぶと地に根を下ろす生命の匂いが近くなる。立って居る時とは、また違って聴こえる草の音にバッツは驚く。大地がこんなにも近い。こんな事も自分は忘れてしまっていたのか。何となく切なくなる。
「余裕無かったんだなあ、オレ・・・」
 申し訳程度に風が周囲を揺らす。そして何時か風が大地と戯れる事は無くなるのだ。
(すぐにでは無いけれど、いずれ風は止まってしまうわ)
 レナが言った言葉を思い出す。まるで違う世界の話のようだ。

「はあ・・・」
 先程の事を思い出して溜息をつく。自分の我侭なのだ。分かっている。
 全てでは無い。けれど本心だった。だから尚更三人の視線が痛かった。
「オレって弱えなあ・・・」

「ふうん、身の程は弁まえてるみたいだな」
 突然降ってきた声にバッツは心臓が止まるくらい驚いた。
「ふ、ファリスッ?!」
 何で此処に、と言う顔で少し離れた所に立つファリスを見上げる。
「ああ、小さい村だからな。どこに居たって見つかるのは時間の問題さ。にしても俺の気配に気付かないなんて、鈍い奴だな。こんなんじゃスグ殺られるぜ。」
 バッツの(顔での)質問に答えつつも辛辣な言葉を放つ。
「けど、宿からこんな近い所に居るとは思わなかったぜ。お前かくれんぼの才能無いな」
更なる追い討ちにバッツは気を悪くした。だが、気付かなかったが自分は宿からそう遠く無い所に居たらしい。確かに面目が立たない。
「・・・いーちーいーち、ムカつく奴だなぁ」
不機嫌そうに言うと、バッツはファリスを睨み付けた。
「とりあえず、立てよ」
寝転がったままの彼にファリスは言う。
「何でだよ」
「テメエにワザワザ話が有ったから探してワザワザ来てやったのに、寝転んだままっつーのは失礼じゃねえか?立てよ」
丁寧にも、ワザワザに力を込めてファリスは言った。

 いちいちムカつく奴。そう思いながらも声には出さず、バッツはファリスの言葉に従う。
 バッツが立ち上がると嬉しそうにファリスは笑った。そして広場(?)の真ん中に立つ。
「んじゃ、お前も真ん中に来い」
「??????」
 彼(彼女なんだけど)の言葉の意味が分からず、バッツは怪訝な表情ながらもやはりその言葉に従う。
[こいつには逆らわない方が長生き出来る] 暫く一緒に旅をして培った知恵だ。ああ、悲しい習性・・・

 自分の言葉通りになったバッツにファリスは微笑む。
 その笑顔が綺麗で、思わずバッツは少し見惚れた。
「オメーがあんま情けねえ事言うから」
そこで言葉を切り腰に手を当てる。
「お前をシめに来てやった」
綺麗に微笑んだまま、彼(彼女なんだけど)は恐ろしい台詞を吐いた。思わずバッツは青ざめる。よく見ると、目が笑っていない。

 心底恐ろしいと思ったとき、本当に身体が動かなくなるんだとバッツは知った。頭が真っ白になって自分の身体では無いみたいだ。
 逃げなければ、確実に死ぬ。答えの分かりきった命題に彼が取るべき行動は明らかなのだが、今の彼に実行出来るだけの余裕は無い。結果哀れな子羊的青年が、狼的青年(のような女)の餌食になるのは時間の問題だった。
「有り難く料理されろ」
綺麗な笑顔のままファリスが言う。
 一瞬後バッツの視界からファリスの姿が消える。そしてその一瞬後、斜め後ろからの容赦無い回し蹴りが、バッツに綺麗に決まった。FF風に言うと「クリティカルヒット」という奴だ。
 痛烈な一撃に問答無用でバッツは吹っ飛ぶ。うつ伏せの体制で強かに身体を打ちつけ、地面に激しく口付けをした彼は一瞬呼吸が出来なくなった。視界が真っ赤になり周りの音が聞こえ無くなる。
「ゲホッ、ゲホッ」
 思わず咳き込むと、一気に空気が体中に流れ込んできて、苦しくて、痛い。それでも止まっていた呼吸を取り戻すかのように肺は酸素を求める。苦しくて、痛い。
 気付くと失ったと思った聴覚も戻って来ていた。だが世界の音が物凄く遠い。自分の耳がおかしくなったのか、それとも世界の音が小さくなったのか彼には分からない。自分の身体が自分じゃ無くなったようだ。
 苦しくてまだ咳き込みながらもバッツは身を捩って、自分をこんな目に合わせた張本人を探す。そいつに対する怒りと、死ななかった安堵感から目に涙が浮かぶ。

 ファリスはうつ伏せで寝転んだ(ように見える)バッツから少し離れた所に居た。右手を腰に当てている格好で立って居る。逆光の為か仄黒く浮かび上がって見える。周りの緑からそこだけ切り取ったようだ。腰に手を当てて居る為、腕の内部から緑が覗く。そこだけ時が止まったようだった。
 ファリスはバッツに近くに歩み寄る。逆光が解けて彼(彼女なんだけど)に色が戻る。
「オメーなあ、自分だけが平気じゃねーと思ってんのか?」
ファリスの声は意外な程静かだ。だがその顔はもう笑っていない。
「自分だけだと思ってたのか?少なくとも俺だって色々考えたぜ。」
 バッツは驚いてファリスを見つめる。
「まあ、そうゆう云々はどうでも良いんだよ。けどなあ、自分で決めた事なんだろ?だったらなあ」
そこで言葉を切って腕組みをする。
「最後までやり通せよ!!」
最後の言葉は怒鳴り声に近かった。
 息を呑んでバッツはファリスを見つめる。どうしてそんな簡単な事に気付かなかったんだろうか。
 クリスタルを守る事を決めたのは自分なのだ。旅をする決心をしたのも自分。目の前の焦燥でそんな事も見えなくなってしまっていた。

 確かに選ばれたけど、その意志を自分の決意で選んだ。世界の礎が粉々に引き裂かれたあの日に決めた事。何も出来ないかも知れない。けれど、何か出来る可能性が有るのも自分達だけなのだ。


「ファリス、サンキュー。何か目ぇ覚めたわ」
子供のような笑顔でバッツが言う。深い蒼い目が光る。迷いは、もう無い。
「バーカ。遅えんだよ。」
顔を反らしてファリスが答えた。

「いつまで寝っ転がってんだ。戻るぞ。」
その思い遣りの無さにバッツは不機嫌な顔になった。クリティカルヒットを思い出したのだろう。
「・・・あのなあ、誰のせいでこうなってると思ってんだよ。」
「そんなのお前のせいだろ。自業自得だ。」
バッツが益々不機嫌な顔になる。
「ほんっとに、ム・カ・ツ・ク奴だな。身体が痛えんだよ。肩貸せ。」
ファリスを真似て「ムカツク」に力を込めて言ってやった。
「しょうがねえな。軟弱者が。」
負けずに悪態をついて、バッツが起き上がるのを助けてやる。


 宿では回復の道具を多めに用意して、仲間達が待っている筈だ。




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 大分昔に書いた物です。読み返すと、色んな意味で恥ずいですな(苦笑)色々矛盾が目立ちますがどうやっても直らず結局そのままアプ(小声)



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