「貝でも拾って来ようか」
彼がそう言いだした事からそれは始まった。
柔らかな薄桃色の髪を耳にかけながら、レナは一瞬言葉が出なかった。
言うまでもなく「何を言っているの」と顔に書いてあった。
数刻前はその場にはプラス二人加わっていたのが、記憶喪失の男とレナの姉は連れ立ってその場からいなくなった。
「ほらガラフ、あの角のとこさ」
「おお、間違いないじゃろ」
そう言いあって彼らが互いに共犯者のような笑いを浮かべ合っていたのはまだ記憶に新しい。
・・・どこへ向かったのだろうか、なんてそれまでの行いで大方見当がついていた。
武器屋か酒場。
彼らのパターンは毎回そんな所だ。
イコール、それは残った者が必要な需要品を調達するためにかけ回る事になる訳で。
毎回のそのパターンに、以前レナがたしなめた事もあったのだ。
しかし、おっとりと注意する様は元凶の二人組にはさしたる威力は無かったようで。
「そんな顔したって、可愛いだけだぜ」
特に、姉に至ってはそう言ってジャレついて(プラス抱きついて)来るのが落ちだった。
「まあ、たまに掘り出しモンめっけてくるし。いいんじゃね」
と茶色の髪の青年が楽観的にそう言うのも手伝って、諦めるのが賢いとレナが悟ったのもまだ記憶には古くない。
今、彼らがいるのは、のどかな港街だった。
とても大きい街ではなかったが、必要な物は大概そろう位の店構えはあった。
少し丘陵な場所に位置する場所で、入り口からそのまま少し下るような形で形作られていた。
少し下った所に、人が住んでいる町並みが見えてその側に海が見えた時、思わず嬉しくなった。下り坂沿いに海が広がっているというのが気に入ったのだろうと思った。
まあ、そうしてあっという間に4人から2人に減った訳なのだけれど。
「・・・何のために、貝拾いをするのかしら?」
ここの特産品なのだろうかと思いながらレナは聞いた。特産品だったとして拾いに行く訳がわからなくて、やはり内心ため息を付きながらだったけれど。
「いや、海近いし」
彼があっさりそう言ったので、何となく力が抜けた気がした。
特産品というわけではないらしい。
「海が近いと、なんで貝拾いに行くのかしら?」
「食料の足しになるじゃん」
その気持ちは痛いほど分かったが、よりによって生ものな上にそんな日持ちしなそうな物を旅の食料に選ぼうとしているのが、更なるため息の材料になった。
「・・・・・・拾うのは良いけど、保存食にはならないんじゃないかしら」
「じゃあ、さっさと食うか」
色んな意味で返す言葉がある気がしたが、結局レナは何も言えなかった。この時ほど姉の的確な悪態能力を羨んだ事はなかったかもしれない。
「・・・じゃあ、とりあえず浜の方に行ってみる?」
力なく笑ったレナの心情はもちろんバッツ氏には伝わらなかったけれど。
彼は嬉しそうに笑うと同意の言葉を返した。
街を少し外れると、そこはもう砂浜だった。
意外な程に近くを海の鳥が飛んでいて、意外な程にはばたきをしていなくて不思議だった。
白い鳥が雲に溶けてまた空に現われる。
何羽もの鳥が空に溶ける。
寄せて返す波のようで、なんて海に近い生き物なのだろうと思う。
空にいるのに海に近くて、なんて不思議なのだろうと思う。
そんな事を一つ知るたびに、一つ嬉しくなる。
踏みしめる砂浜は湿っていて、予想以上に靴がめり込む。そして予想通りそのうち、砂が靴の中に侵入して来た。ひんやりしていて少し不快だった。
彼が立ち止まって、靴を脱いでいた。
同じように砂が入ったのだなと思って、レナは少し笑った。
右手と左手に自分の靴を持ちながら数歩あるいた後、バッツはレナを振り返った。
「レナも脱げば?」
どうしようとためらわれていたのが、それに後押しされて自分も両足靴を脱いだ。
右手にみぎあしを。
左手にひだりあしを。
両足で砂を踏みしめて、裸足でレナも歩き出した。
やはり、砂はひんやりしていたが、今度は不快ではなかった。
顔を上げると、また海の鳥が飛んでいるのが目に入った。
最初に見たように白い鳥だった。
最初に思っていたより海は青くなかった。
それでも潮の匂いがして、胸に深く吸い込んだ。
自分と彼女を引き裂いた匂いだ。
それでも懐かしい気がしていた。
彼女が身を置いてきた場所の匂いだ。
だから、胸に深く吸い込んだ。
「いねーなー。貝」
そう言えばその目的で来たんだと思い出して、思わずレナは苦笑した。
「きっと宿屋に行けば食べれるわよ」
何となく納得がいかないようだったが、彼はしぶしぶと言った様子でうなずいた。
そうしてそのまま少し先まで歩いた。
同じ世界なのに場所によって場所が違って、少しの間何も考えずに歩いた。
見上げた所にまた鳥が飛んでいて、少しだけ自分たちは何に近い生き物なのだろうかと考えながら歩いた。
裸足で、足跡だけを残した。
* * * * * * * * * *
海とファリスがシスコンな所が書きたかったのです。
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