風を守護する城の姉姫が長い間失踪していたのは有名な話だった。
その姫が無事な姿で戻ってきてその祝いに城中沸いたのも記憶に比較的新しい。
そしてその姫が近頃姿を見せなくなったと徐々に噂されるようになっていた。
城を訪れた人間が姿を見せない姉姫の事を問うた時、妹にあたる世継ぎの姫は可憐ににっこりと微笑んだ。
「この間、わたくしが申し上げた事をお忘れになりましたか」
微笑んでいるはずの姫の冷たい目の色が大層恐ろしかったと、当人は後々証したという。
街。
喧騒が行き交う中、二人の人間がチョコボを引きながらうろうろしていた。
一般的な交通手段のチョコボを街中へ引き連れている事はそう珍しくない。
そして大概の大きな街ではチョコボを預かるための設備が備えられている。
彼らがまず目指しているのはそこだった。チョコボを引き連れるのは多くの場合旅をする者たちなので、大抵の場合宿屋がそれを兼ねている。
「あ、ここじゃねえか」
二人の内のひとりが指差した方向には宿屋を示す看板がかけられていた。
「お、あったりー!やっぱ頼れるじゃん俺の勘」
片方が勝ち誇ったように左手を上げた。もう一人の方はそれを面白くなさげに睨む。
「見つけたのは俺だろ」
「細けえ事言うなって。こっちの方だって見当つけたの俺だろ」
「来たことある街の中の建物探すのは普通見当つけるって言わねえだろ」
そう言い捨てると片方の人間はさっさと宿屋の中へ足を進める。追い抜きざまに連れの人間のわき腹に肘鉄を入れた。
哀れに肘鉄を入れられた方は、よほど痛かったのかうめき声を上げるとその場にしゃがみこんだ。
「…いってえ」
涙が滲む顔を上げると、元凶の人間は薄情にもチョコボを引き連れて宿屋の中へ入ろうとしていた。そして扉を開けた格好のまま顔だけ後ろを向けてニヤリと笑う。
「早く来いよ、ジャック」
勝ち誇ったような色を緑の目に浮かべて中へ入っていった相手をしばらく呆然と見つめた。
「…クソ、待てっての」
しゃがんでいた彼は怒ったように立ち上がるともう片方を追いかけた。
街中は見渡す限りどこも人で溢れている。
大陸の交点にあたるべき場所で自然と人も集まってくる。
部屋へ荷物を置いた彼らは街中へ繰り出していた。
「いてえー」
先ほどの肘鉄がまだ痛むのか、わき腹をさすっていた。
「鍛え方が足りねえんじゃねえのか、ジャック」
もう一人の方にそう言われて、彼はさすっていた手を止めて相手を睨んだ。それに対応するべき名前をここで言うわけにはいかず喉の奥で不愉快な思いを止めた。
「…それ止めろよ。不愉快だ」
「なーんでだよ、俺たち手に手をとりあってタイ、んぐ!」
相手が言い終わらない内に彼は物凄い勢いでその口を手で塞いだ。勢いよすぎたのか相手はかなり苦しそうだった。
「あのなあファリス、もう少し穏便に過ごそうぜ」
ドスを聞かせた低い声の勢いに飲まれ、口を塞がれた苦しさの怒りも忘れて相手は僅かに頷いた。
そして彼は「これ以上何も言うな」と言うようにきつく睨みながら、口を塞いでいた手を乱暴に離した。
「…悪かったってば、バッツ」
まだ苦しさが残るまま謝ると、彼はまだ睨んだままだった。念押しするようなその目線にファリスは渋々ながら再度謝る。
「ジャックつうのも無しだかんな」
彼は鋭く一瞥をくれながら念押しした。
口をさすりながら彼女が僅かに頷くのを見届けて、顔を雑踏の方へ向ける。
普段から人の多い街だというにしては随分と賑わっている。
何かあるのだろうかと考えた時、彼の背後から鈍い衝撃が加わった。
「バッツー、久しぶり!」
明るい声で後ろから勢いよく抱き付いてきた相手にバッツは怯んだ。
聞き覚えのある声だった。
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