突然の感触と、その声にバッツは怯んだ。驚いていた。
 後ろの方へ顔を向ける。しがみつかれている場所柄と、その人物が小柄な事も加わり目当ての映像は殆どその目に入ってこない。
 バッツは慌てながら、引き剥がすように背後の人間から離れた。
 抱きついてきた人間はフード付きの服を目深にかぶっておりその顔は殆ど見えない。
 しかし初めて聞く声ではないと思う。どこかへ置き忘れてしまったような小さな懐かしさを感じる。
「ひっどいなあ、忘れちゃった?薄情だねー!」
 その人間は少しがっかりしたような気配で、深く被っていたフードを少しだけ上げて見せた。
 ふわりとした金の髪。
 色々な事をいっしょに感じあった人たちのひとり。


「こんな所で何してんだ、クルル」
 バッツとクルルにしか届かないような小声でファリスは話した。
 ファリスの言葉が大いに不満だったのか、少女は不機嫌そうに口を尖らせた。
「日付と場所指定してきたのそっちでしょー!」
「したけど、今日の日にちじゃねえだろ」
 二人の会話の流れが全く分からない。
 取りあえず、彼女らが何らかの形で事前に打ち合わせしていて、それを自分は知らないという状況だけは察しがついた。
「ちょっと、ちょっと待て!」
 大いに慌てた様子でバッツが彼女らの会話の流れを遮った。
「割り込んでくんな、テメエ」
 ファリスにぎろりと睨まれたが、彼は怯まなかった。
「だからっ、ちょっと待てって!」
 無言で女性陣に見つめられ、バッツは物凄い圧力を感じながら汗をかく。
 ここでためらっては駄目だと自分を励ましつつ、彼は会話に割り込んだ。
「あのさ、お前らは何か状況分かり合ってるみたいだけど、俺全然分かんないんだけど」
「そりゃあそうだ。言ってねえもん」
 当たり前のようにファリスに言われて、彼はその場にうずくまりたくなった。
「……どうして」
「言ったらつまんねえじゃん」
 半分涙目になりながら、バッツはファリスの肩を揺さぶった…つもりがそれは彼の心境を反映して、彼女への首締めと化した。
 クルルは我を忘れて連れの呼吸を妨げている男と、そのせいで非常に苦しそうな女のやりとりを楽しげに見つめていた。
 彼らの勝負は結局、女の方が男の腹に蹴りを入れる事で終局を迎えた。
 女の方が勝ったようだ。

「止めろよクルル!」
 苦しそうに一息ついてから、ファリスがクルルに詰め寄った。
「でもさあ、ファリスも良くないよ」
 小首を傾げながらクルルは答えた。
「それにさ、いつもの事じゃん?」
 ファリスは憮然と違う方向へ顔をそむけた。
 バッツはしゃがみ込んだままだった。



(2004.07.17)


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