それは今から半年ほど前のこと。
 バッツとファリスが起こした騒動から一年ほど経った頃の時期にあたる。
 バル城と親しくしている国の姫が成婚することになったという知らせを大臣よりクルルは受けた。

 (姫の結婚相手にあたる)王子の国で、各国から要人を招待した宴が催された。
 国王と姫はそれに呼ばれ参加し、その時姫は後の結婚相手となる王子に出会い、一目で恋に落ちたらしい。
 当初その国の王はその相手との結婚に反対だったのだそうだ。


 今まで色恋に興味なさげだった、たった一人の愛娘に一緒になりたいという相手が出来たのは喜ばしい事だった。
 相手は王族の血を汲んでいるので身分的にも問題は無い。
 ただ、その相手が良くない意味で、ちょっと有名な男だったので、王は賛成出来かねるという態度を示し続けた。
 しかし伴侶はこの人しか考えられないという娘の涙ながらの訴えを受け、苦悩しつつも王は王子に結婚のためのいくつかの条件を出した。それを王子が承諾したことで最終的に婚姻を認めたと言う。
 その条件の一つが王子がその国の人間となること――即ち婿入りするという物だった。
 王子は王族ではあるものの王位継承権をもつ立場ではなかったのでそれを快諾したそうだ。
 その条件下での婚姻に反対の声もあったらしい。だがそれを乗り越え、めでたくこの度成婚することになったらしい。
 姫と王子が出会ってから婚姻に至るまで、それ程時間が経っていなかったが、本人達のそれは嬉しそうな様子に周囲は祝福の声を惜しまなかったと言う。





 バルはその国と親しくしていた間柄だったので、先駆けてお披露目をしたいという先方の招待を受けた。
 こうして昨日クルルはこの国に入国したらしい。

「これ、レナから」
 クルルは話し終わると外套のポケットから一通の封筒を取り出した。
「「レナから?!」」
 意外な人物の名前が出て、思わずファリスとバッツは叫んだ。互いの声が綺麗に重なって部屋に響く。
「…そんな大きな声出さないでよ」
 驚いた様子のクルルに目もくれず、ファリスは封筒を奪うように手に握った。
 白地の簡素な封筒には表にも裏にも何も書かれていなかった。
 ファリスはそれを握り締めたまま立ち尽くしている。
 色々な思いが渦巻いているようで、そんな彼女に声をかけて良いものかどうかとバッツは戸惑った。
「…開けてみろよ」
 彼女は小さく頷くと、封を丁寧に切った。中から便箋を取り出すときの彼女の手が僅かに震えているように、見えた。
 暫くの間ファリスは便箋の中に目を通していた。何度も何度も読み返すように。
 そして手にしていた便箋を握り締めたまま、唐突にクルルに抱きついた。
「クルル、ありがとな。ほんとに、感謝してる」
 ファリスの顔は見えなかったが、僅かに震えた声に泣いているのかもしれないとバッツは思う。
 抱きついたまま、ファリスは握り締めた封筒をバッツの方に差し出す。
 正確にはそれはバッツのいる方向とはずれていたけれど、何も言わずにそれを受け取った。



『元気にしているようだと聞いて安心しています。
 こちらは変わりありませんので心配しないで下さい。
 全てお願いしてあります。詳しくはそちらより聞いて下さい。

 あなたに会いに行きます。必ず。』



 最後に「妹より」と書いてあった。
 中身を誰に読まれてもいいように用心したのだろうか。それだけの内容だった。

 茶々を入れていい雰囲気では無いと思いつつ、やはり手紙の意味がいまいちバッツにはピンと来なかった。
 とりあえず、こいつらが何か企んでいることにレナも参加しているのだという事だけ分かった。

「これ、レナから?」
 バッツがそう聞くとクルルは頷いた。
 妹の名前を耳にしたせいなのか、ファリスが体を強張らせる。
 突然彼女はクルルから離れるとそのまま扉の前まで早足で歩み寄った。
「わりい、ちょっと風にあたって来る」
 吐き出すようにそれだけ言って、ファリスは部屋から出て行った。
 その様子に、きっと顔を見られたくなかったのだろうとバッツは思った。

 ファリスのいなくなった室内に沈黙が漂う。
 何となく空気が重くて、それでも何と言って流れを変えれば良いのか彼には分からなかった。
「これ、見て」
 ぼんやりと自分の足元を見つめていた彼に、呟くようなクルルの声が聞こえた。
 彼女の方へ視線を向けると、今度は手にまた別の封筒を持っている。
 薄桃色をした封筒の端に細かい花模様があしらってある。レナの手紙とは違う種類の物だった。
 クルルから封筒を受け取ると、しげしげとそれを見つめた。
 その宛先はバルではなくシド博士が居を構えている場所だった。
 裏を見ると、一文字だけ文字が書いてあった。
 それはファリスの頭文字と同じ物だった。
「これ、もしかしてあいつから?」
 クルルは頷いた。
「シド宛に「これをクルルに届けて欲しい」ってメッセージが入っていたらしいの。それでシドが届けてくれたんだよ」
 直接クルルへ送るよりはそうした方が彼女の手元に届く可能性は高くなるかもしれないと思った。
「…あいついつの間にこんな事してたんだ」
 全然気付かなかった、と呟きながら彼は既に封の切られている手紙を開けた。
 その中に入っている便箋には確かにファリスの筆跡で、自分たちの近況が記してあった。
 自分が今いる場所や今どうしているか。
 最後にレナによろしくと、書いてあって手紙は終わっていた。
「これ、一年くらい前?」
「最初に来た手紙だから、多分その位」
 手紙の中に書いてある場所は、今から一年前、逃亡してから半年ほど経った時期に滞在していた場所だった。手紙の中には「あと一月ほどは滞在する予定だ」と記してある通り、一ヶ月ほどその街に滞在していた記憶がある。
 あの時、別の場所に行こうと打診したバッツに彼女は、何かと理由を付けて中々出発しようとしなかったのだ。
 その街がそんなに気に入ったのかとその時は不思議に思ったのだが、こうゆう事だったのかと今更合点が行った。

「もし可能ならばそちらの―それから妹の近況を知らせて欲しい」と記してあった。

 きっと返事を待っていたのだと思う。
 気にしてない風だったが、やはりレナの事が気になっていたのだろうな、とバッツは思った。



(2005.02.01)


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