一年も前の彼女の行動が隠し事を必死で通す子供のように思えた。
うかつにもそれが愛しいと思ってしまって、バッツは小さく笑う。
鼻で笑われるのは容易に予想できるので、当人には絶対に言うつもりはないが。
「だからあんなに出発したがらなかったんか。そういや、他のとこでもあったっけ」
あの頃のことを思い出しながら、手紙をたたむ。
「なんで秘密にすんだよ」
思い返しているうちに、水面下で物事が進んでいた事が面白くない出来事だという気がしてくる。
別に秘密にする事でもないだろうに。
「それはわたしには分かんないけどね」
そう言って微笑んだクルルの表情に、直接的には書かなくても断片的にポロリとなにか手紙に記していたのかもしれないと思った。それを知りたいのかと問われたらきっと答えはノーだ。
全部が全部を知る必要はない、そう思った。
「ファリスからは何度か手紙を貰ったの」
「シド経由でか?」
それに彼女は首を振る。
「ううん。シドが届けてくれたのは最初だけ。いつも届けてもらうのも何だか気が引けるよ。シド忙しそうだし」
たたんだ手紙をバッツはクルルに返した。
彼女は受け取った手紙を外套の内ポケットに入れる。
ポケットというには複雑な作りのそれにバッツは正直驚いた。
「随分それ複雑な作りだな」
「落としたら大変だからね」
そう言って彼女は笑った。
今回の大まかな計画も手紙でやりとりされていたのだろう。
色々と用心は重ねていたのだろうが、落とされたら確かに洒落にならない。そう思ってバッツは思わず顔を強張らせた。
「バル国内の信用できる人の住所を貸して貰ったの。同じ国内の方が色々動きやすいしね」
そう言う彼女の顔は、いつぞやの騒動で陰謀を企んでいた誰かさんの顔と何だか似ている気がして、バッツは少し複雑な気持ちになる。
「返事出したときはね、ファリス達もう出発してて入れ違いになったらマズいでしょ。だから直接届けてもらったの」
「誰に」
「隠密な行動が得意な人」
何じゃそりゃと彼が思ったのは言うまでもない。
だがそう言ってにっこり笑う彼女に、これ以上の答えはもう期待できないだろうとバッツはこっそり思う。
そんな勘ばかり当たるが悲しい己の性。
「ここからが本題になるんだけど」
そう言ってクルルはバッツの隣に移動した。
これまでのは前フリだったのかと思って、バッツは嫌な予感がした。
悲しきかな己の性。そういう勘は今のところほぼ外れたことがない。
「……本題って何だよ」
「ファリスとレナのためだと思って協力して欲しいんだ」
「………」
暫く沈黙が落ちる。そりゃあ苦楽を共にした仲間同士、助けたやりたいのは山々だ。
しかし、それで大変な目にあうのは、今までの経験上――特に前回の騒動で身に染みて分かっていた。
出来る事と出来ない事がある。
「内容にもよるわな」
「ひどい、バッツ!ここは黙って『わかった』って頷く所じゃん!」
悲しげにクルルは俯いた。そして手で顔を覆うと肩を震わせる。指の隙間から「ひどいよ」という声が漏れた。
それにバッツは思わずほだされそうに…なる訳が無かった。
だてにこいつらと苦楽を共にしてはいない。こんな事で泣くような奴等ではない。
「言うか!前にそれでエレぇひでえ目にあってんだ!!」
「つまんなーい」
ぶすっとした顔でクルルは覆っていた手を顔から離した。勿論その目は涙で濡れてなどいない。
白々しいその様子に、バッツの顔が引きつった。
「お前、性格あいつに似てきてるぞ…。道を踏み外すな、更正するなら今のうちだ!」
「『あいつ』とやらはそんなにマズい奴なのか。誰の事を言っているのか非常に興味があるな」
バッツがクルルを説得(?)したのに間髪入れずその声が部屋に響いた。
ギクリと体を竦ませて、バッツは恐る恐るそちらへ目を向ける。
「あ、帰って来てたの、ファリスさん」
それにファリスは悠然と笑った。
嵐の前の何とやら
バッツの頭に浮かんだのはそんな単語だった。
「お前とは後でゆっくり話し合う必要があるようだな」
彼女は微笑んだまま、バッツの肩に手を置いた。
置くというよりは叩きつけるような勢いの衝撃に、バッツは自分の肩が外れたような錯覚を覚える。
「あの、お、落ち着け!な?」
「俺は十分に冷静だが」
笑顔を浮かべているのに、目は全然笑っていない彼女の視線が刺さるようだった。
「ファリス、座ったら?」
クルルがそう促したので、彼女は仕方なくといった様子で先ほどまで座っていた場所に腰を下ろす。
「ナイスフォロー、クルル!」とバッツは内心ガッツポーズした。
「まだ肝心の部分まで話してないんだ」
黙ったままファリスは続きを促すようにクルルを見やる。
クルルは先ほどまで自分が座っていた椅子に戻ると話を続けた。
「結婚式にはタイクーンも呼ばれてるの」
納得が行った。
それでレナは今回この国に来るのだろう。
「レナが入国するのはもう少し先なの。だからその間に私が城内を調べて見取り図を作ることになってるの」
それでどうレナに渡してどう抜け出すのか、どこで落ち合うかを段取り付けるのだという。
何てぶっつけ本番な計画なんだろう。
正直バッツはそう思った。
だがもう逃れようがない事を薄々彼は分かっていた。
「……分かったよ、何か出来ることがあったら、あったらだぞ!…協力する」
溜息と共にバッツはとうとう、そう言った。
「お前、その言葉、忘れんなよ」
ファリスがニヤリと笑う。
その彼女の様子に、ひょっとしたら自分はとんでもない間違いを犯したのではないかと思ってしまった。
頷いてしまった手前、もう撤回は効かない。
心底嫌な予感が、バッツの胸に溢れた。(後日、彼はそれが的中したことを身をもって実感させられる事になる。)
気を取り直したようにクルルが続けて話した内容は、バッツにとって最悪の物だった。
先刻「協力する」と言ってしまった事を心の奥底から、後悔した。
諸悪の根源といった風情で笑うファリスの視線に、今更「やっぱり協力は控えさしてもらいます」なんて通用しないのだ、と改めて痛感した。
安請け合いした事のツケの大きさを思い知らされたその出来事は、彼の中で後々トラウマになった、らしい。
(2005.02.14)
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