泣いても笑っても計画決行の日までもう一日も無い。
 明日――結婚の儀が取り行われる日。
 その夜に宴舞会が開催される事になっているのだ。
 そのどさくさに紛れて、実行する。
 クルルやレナと落ち合う場所は既に確認しあっている。

 街の広場の外れ。
 城の中では各国の要人たち、外では国の民たちで大いに賑わっている筈だ。
 その人ごみに紛れて落ち合うという事になっていた。

 成功はクルルとレナが無事に抜け出して来ることにかかっている。
 ぶっつけ本番の無謀とすら言える計画であったが、自分が行う役割は待っているという事だけなので、実はバッツは楽観視していた。
 クルルには「万一予想外の事が起きるかもしれないから、何が起きても良いように待機してて」と念を押されていた。
 サラリといわれたその役割は、何気に実は一番難しい役どころではないかとバッツは思ったが口にはしなかった。
 それにタイクーン城の姫君とバル城の姫君の腕っぷしの強さ、もとい頼もしさは世界を救うために旅をしていた頃からよくよく知っていた。
 だから実の所、彼女らに関してバッツはそれ程心配はしていなかった。
 抜け出す位サラっとやってのけると思っていた。

 事態が不穏な方向へ流れ出したのはその翌日――式が行われる当日だった。
 その日の朝、バッツ達が寝泊りしている部屋の扉をノックする音がした。
 最初彼らは眠りこけていて気付かなかったが、何度も繰り返される音にようやくバッツは目を覚ました。
 ファリスはぐっすり寝こけているようで起きる気配は無い。
 仕方なく訪問者を確かめる為に扉の方へバッツは向かった。

 窓から見える空はまだ夜明ける寸前の白さだった。
「…何だよこんな朝っぱらから…」
 大抵の人間の寝ているであろう時間に訪問して来る、非常識な輩への怒りを募らせつつ彼は扉を開けた。
 そこに立っていたのは宿屋の主人で、こんな朝早くに起こしてしまった事を申し訳なさそうに謝った。
「…何ですかね」
 睡眠妨害された事で彼の神経はかなり尖っていた。
 それを察して宿屋の主人は更に済まなそうな表情を作る。
「ほんとすいません、お客さん。実はお客さんに面会したいって人が見えてましてね」
「面会?俺らに?…もっと後にして貰えねえかな」
 仏頂面のままバッツは頭をがしがしと掻く。
 少しは時間を考えろと、彼の顔には大きく書いてある。
「すいません『お客さんの顔見知りだから面会したい』の一点ばりで。聞き入れていただけないんですよ。何とかなりませんかねえ」
 ひょっとしたらクルルかもしれないと思ったが、反面それなら直接訪ねてくればとも思う。
 ふと、彼女の方で何か伝言があって、自分は動けないので代わりの者をよこしたのでは無いかと思った。
 会った方が良いだろう、と結論づける。
「しょうがねえな…。どこ行けばいいのよ?」
「あのですね、お客さん…」
 歯切れが悪く主人が切り出した内容によると、面会客にはバッツとファリス二人一緒に来て欲しいと言われたという事だった。
 ハッキリ言って勘弁して欲しいとバッツは思う。
 ファリスが安眠妨害された時の機嫌の悪さ、恐ろしさを誰よりも知っているであろうと彼は自負している。
 正直言って御免こうむりたい状況だった。
「あのさあ…俺ひとりじゃ駄目な訳?」
「どうしてもお二人一緒でって事で…何とかお願いしますよ、お客さん」
 宿屋の主人は面会客側の条件を何としても譲る気はなさそうだった。
 必死とも思えるその様子に、きっと賄賂でも受け取ったのだろうと予想づける。
 このままでは埒があかないだろう。
 仕方ないとバッツは諦めた。そして覚悟を決める。
「……分かったよ、あいつ起こすからちょっと待っててくれ」
 礼を言う宿屋の主人の嬉しそうな表情が癪に障った。
 それを遮るように部屋の扉を閉める。

 一発くらい殴られる事は覚悟しないといけないかもしれない、と思いながら彼は溜息をついた。

 案の定逃亡生活を共にする女から一発クリーンヒットを頂いて痛む頭をさすりつつ、バッツは宿屋の主人の案内する方へついて行く。
 その後ろを彼にダメージを与えた元凶の人物が、物凄く不機嫌そうな顔でついて来ていた。
「外で待ってらっしゃいますよ」
 そう言って主人は宿受付の椅子の方へ行った。
 剣呑な雰囲気のままバッツとファリスは宿の出入り口扉の外へ出る。

 宿から少し離れた場所に一人の人物が立っていた。
 外套を着込んで深くフードを被っているので顔は見えなかったが、その体躯からして男のようだった。
 おそらくそれが目当ての人間だろうと見当を付ける。
「こんな時間に本当に申し訳ありません。ここでは障りがあるのでついてきていただきたい」
 それだけ言うとその人物はそのまま歩き出す。
 どうした物かとバッツとファリスは互いに顔を見合わせた。
「…どうするよ」
「行ってみるしかねえだろ」
 危害を加えるような感じは受けなかったし、とバッツは呟くように付け加えた。
 不審感は拭えなかったが、彼らもその人物に連れられるように仕方なく歩き出す。

 その人物は宿屋から少し離れた、街外れの方向で立ち止まった。
 辺りは薄暗く、そして誰もいなかった。
 何が起こっても良いように少し距離を保ってバッツとファリスは歩みを止めた。

「無礼な真似をお許しください。サリサ様」
 その名前に、バッツとファリスは体を強張らせた。
 それを知っている人間が目の前にいるという事実は、どう考えても喜ばしいことではない。
 その人物は振り返りながら被ったフードを取る。
「お前」
 その顔をファリスはよく知っていた。
「…あんた、確か」
 バッツもその人物に見覚えがあった。



(2005.02.19)


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