宿屋の部屋で、ファリスは顔を腕で覆ったまま寝転がっていた。
隣の机の上には先ほど渡された手紙が、広げられたまま無造作に乗っていた。
静かに部屋の扉が開く気配がする。
視界を塞いでいるので確認は出来なかったが、恐らくバッツだろうと思った。
部屋へ入ってきた人物が隣で立ち止まる気配がした。そしてコトリ、と音が響く。机の上に何か置いたらしい。
「読んで良いか」
暫くの沈黙の後そう声を掛けられた。やはりバッツの声だった。
ファリスが無言のままなのを了承と取って、バッツはレナの手紙に目を通す。
計画が露見していた事、会いにいけない事への謝罪。そして元気で頑張って欲しいという言葉で手紙は締めくくられている。ほんの数行だけの、短い手紙だった。
バッツは手紙をそっと机の上に戻すと、先ほど机の上に置いた葡萄酒を手に取った。宿に帰ってきた時、主人が「先ほどはすいませんでしたねえ」と言って半ば無理やり寄越してきたのだ。
それをコップに注ぐとファリスの前に差し出した。
「ほら」
彼女はゆっくりと起き上がるとそれを受け取った。
暫くそれを見つめていたが、突然手にしていたコップを机の上の方へ強く叩きつけた。
コップが割れる音が室内に響く。
水(?)浸しになってしまった机の上を呆然とバッツは見つめた。
乗せられた手紙はみるみる葡萄色に染まっていく。
「何すんだよ」
叫びながら慌てて手紙を液体の中から引き上げた。
元は白かったそれは無残にも葡萄色に侵食されてしまっていた。無事を確かめるため紙の表裏ひっくり返して見てみる。
「!?」
手紙の裏側に水分を弾いている箇所があった。
それは複数箇所、紙全体に及んでいた。何かの文字を記しているように見えた。
「おい、ファリス見てみろよ!」
視界に突きつけられた物を見て彼女の表情も驚きに変わった。
「バッツ、これって…」
「こっちがホントのレナの手紙だぜ、多分」
二人は頷き合うと、現れた文字の解読に取り掛かった。
結婚の儀当日。
めでたい門出を祝福するかのように空は青く晴れ渡っていた。
街中は多くの露店で賑わい、それを見え回る多くの人々で賑わっていた。
今日のめでたい日に影響されてか、行き交う人々は皆浮かれ気味のようだ。
城下が祝いの喧騒に沸き立っている頃、城内では各国から招待された人々が各々の支度に奮闘していた。
「国の顔」として出席する訳なのだから恥をかく訳には行かないのだ。気合も入るという物だろう。
タイクーンの為に用意された部屋でも儀に臨むための支度で侍女達が忙しそうに動き回っていた。
身支度が終わると一息つくまもなく、会場に向かわねばならなかった。
「レナ様。そろそろお時間です」
レナは開けられた扉をくぐる。
これからが正念場だ、と密かに腹をくくった。
(2005.03.25)
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