式はかなり盛大な物だった。
 催しの力の入りようから、たった一人の愛娘の為へのこの国の王の気合の入り具合がひしひしと伺えた。

 儀は長い時間をかけて行われたが、滞りなく無事に終了した。
 招かれた客たちは、今度は夜に催される舞会へ臨む為に自分らの部屋へと戻って行く。また別の装いへと準備をするのだろう。

 レナもあてがわれた部屋へと帰ってきていた。舞会へ欠席する旨はすでに伝えてある。

 もうすぐ夕方だ。
 舞会の時が一番皆の気が緩み砕けるだろう。
 周りが浮かれていればその分身動きが取り易くなる。
 とりあえずは夜を待たなければ。

 それまでは事を荒立ててはいけないと自らに言い聞かせる。

 ノロノロと、だが確実に時は過ぎた。
 ジリジリと気を揉みながら、レナは夜を待った。
 何か企んでいると疑われては元も子もない。表面上は参加できないことを悲しんでいるように装った。
 打ちひしがれてそれでも、それを耐えて振舞っているフリをし続けた。
 姉へ会いに行くために当初より舞会へ参加するつもりはなかったのだけれど。参加できないよう守りを固めているあたり、そこまではバレていないのだろうと思った。

「タイクーンから招待された者は皆ここにいるのですか?」
 レナがそう問うと、護衛の兵士が済まなそうな顔をした。
「はい。代わりに出席されている大臣殿以外は皆ここに。本来ならばレナ様がお出になられる筈でしたのに…」
 レナは内心にんまりと笑う。騙されてくれているらしい。
「そう。それなら、話は早いわ」
 そう言うと、レナはすっと立ち上がった。
「ごめんなさいね。加減しないでやらせていただくわ。そんな事構ってられないんですもの」
 周囲が見惚れるほど、艶やかにレナは微笑んだ。
 そして両手を大きく広げ、周囲の者たちが聞き取れないほどの小さな声で何か呟き始めた。彼女の行動に、兵士達が不審気に顔を見合わせた。
 チリチリと空気が震える。
「いかん、レナ様をお止めしろ!」
 兵士の一人が叫んだ。
 何かの力の働きかけが周囲を覆っていることを肌で感じる。
 叫んだ兵士は、間に合わないと本能的に悟った。

「スリプル」
 彼女がそう言い放った次の瞬間、その場にいた者達全員バタバタと、倒れた。
 その光景を見回しながら、レナは満足げに笑う。
 眠っている彼らがそれを見ることは無かったが。

「扉から出るのは厄介だから…窓から出るしかないわよね」
 あらかじめ用意しておいた旅人用の装束を身に着けながら呟いた。
 ドレスで街に出るのは目立ってしまうが、これならば大丈夫だろう。
 窓を開けると下までの高さを確認する。
 かなりの高さがある。
「これくらいなら…多分大丈夫かしら」
 昔、姉が逃亡した時と同じ事をする事になるとは思わなかった。
「まったく、姉さんが見本見せてくれてたお陰で今回助かったわ」
 そう言って彼女はニンマリと笑った。
 それをバッツが見たら「何か企んでる時のアイツにそっくりだ!」と言ったに違いない。

 レナは躊躇うことなく窓から飛び降りた。
 ガクン、と体が地に引っ張られていく感覚が襲う。
 怖い、とは思わなかった。
 そのまま地面へぶつかりそうになったのと、彼女が浮遊呪文を唱えたのはほぼ同時だった。
 グニャリ、と空気が曲がるような錯覚。
 落下の感覚が無くなって、かわりに周囲の喧騒が聞こえ出す。
 ぶわり、と空気が震えたかと思うと、レナは飛び降りるように地面へ足を着けた。

 ここから城下へ出るには城の正門を通らねばならない。
 音を潜めながら伺うと、門の前には案の定、兵士の見張りが立っていた。
 どうしたものかと思案する。
 警護を出来なくしてしまうのはマズいと思った物の、背に腹は変えられぬ、と結論づけた。
 タイクーンの者達にしたのと同様、眠りの魔法を見張り兵達にかける。
 効果覿面と言わんばかりに、そこに立っていた者達は次々とその場に崩れ落ちた。
「すぐ気が付くように、かけたから」
 ごめんなさいね、と呟いてレナは門を走り抜けた。

 城下の街へと走り出す。
 街中は城とは違う熱気に溢れていた。
 賑わっている人ごみの中まで辿り着いて、レナはほっと胸を撫で下ろした。

 約束の場所までもう一息だ。
 待ってくれている人に、もうすぐ会える。



* * * * * * * * *

 あーーー…と、うん、色々と強引な展開です。
(2005.04.12)


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