「そろそろ、帰らないとマズいかもしれないわね」
クルルを見ながら、レナはそう言った。
「そだね。そろそろ、行こっか」
吹っ切ったように明るい声でそう答える。そんなクルルからどこか名残惜しそうな気配を感じて、バッツはクルルの頭をくしゃりと撫でた。
「また、会おう」
こちらから会いに行くのは、ちょっと難しいかもしれないけど、と胸の中で彼は呟く。
それは明確な約束ではなく、希望だけれども。
それでも同じ思いなんだと確かめるように頷きあう。
再会出来る保証は無いのだけれど、それでもこれが最後だとは思わなかった。
会いたいと思えば、またきっと会える。
その思いを風化させないでいよう、と思った。
それは4つの心の小さな祈りのようで。それを誓い合うように頷いた。
「城に入る時、どうすんだ?」
ふとバッツが疑問を口にする。
「多分今度は用心して、何か対策してると思うから、さっきの方法を使うのは難しいと思うのよね…」
レナは何か色々と考え込んでいるようだった。
あんまり手荒なことして目立ってもマズいし、と呟いたレナにバッツの顔がまた引きつる。
お前がマズいと思うポイントはそこなのか?!と叫びそうになるのを何とか堪えた。
「よし」
何か思いついたようにファリスが、ポンと手を打った。バッツと目が合うと、ファリスはニヤリ、と大層何かを含んだような笑みを零した。
こいつの言葉を聞いてはならない、と激しく思ったが現実はいつもそうさせてくれない。
「俺らが引き付けるから、それに紛れ込んで城へ入れよ」
その内容に、バッツはむせた。
「オレら?!オレ『ら』っつった、今!!?」
それが誰と誰を指すのかは確認するまでもないだろう、と思う。
「オレとお前で」
バッツは自分とファリスを交互に指差す。
「何をどーーーする、つもりなんだ!!?」
「ぐだぐだ言ってねえで、オラ、行くぞ」
「待てや、オイ!目立ったらマズいのは、オレらだっておんなじだろーーーがーーーー!!!」
バッツの血の滲むような叫びは、射るように睨んで来るファリスの視線で打ち消された。
彼の渾身の声は彼女に届かなかったようだ。
「他になんか方法あんのかよ」
バッツはウっと返答につまる。
それにファリスは勝ち誇ったように笑った。
「手段選んでらんねーだろーが?な?腹ぁくくれ」
諭されるように肩に手を置かれる。
お前は腹をくくるどころか状況を楽しみすぎだ、と声を大にして言いたかった。そんな気力はすでになかったが。
「大丈夫だって、俺らの事なんか覚えてねーよ」
その楽観的・希望的な推測の自信はどこから来るんですか、と声を大にして言いたかった。最早そんな力も沸かなかったが。
一行は城正門の近くまで来て、身を潜めていた。
「俺ら先に行ってっからさ。そっちもうまくやれよ」
「…姉さん、『こてんぱんに叩きのめす』とかはくれぐれも辞めてよ」
「さっきも言っただろ。そんな荒くれた事なんかしねーよ」
「おい」
バッツは半眼でファリスを睨んでいた。
「何を、どーーーするつもりなんだ」
「今日のめでたい日を祝して、注目して貰うだけさ」
ファリスは口の端で尊大に笑う。
「頑張ってね、よろしく!何かあったらうまく逃げてね。私、協力できることそんなに無いと思うけど、応援してるよ!」
ニッコリ笑ってそう言うクルルの言葉がバッツの胸にサックリと突き刺さった。
「…ああ、サンキュー」
遠い目をしながら棒読みでバッツがそう言った。
「じゃあ元気で。またな」
最後にそれだけ言って、ファリスとバッツは――正確にはファリスがバッツの首根っこを捕まえて引きずるように――駆け出した。
レナとクルルはひっそりと身を隠したまま、彼らの行く先を見つめる。
正門前。
めでたい日という事もあり、城は開放されている。だが開放されている分、その警護は厳重だ。城の奥では着飾った人々が、踊ったり談笑したりしている様子が見えた。
「バッツ」
走りながらなので声が遠い。
「俺らとの事がバレて困るのは、あっちだってきっと同じだぜ」
確かに、それはそうなのだがやはりバッツは納得がいかない気持ちで一杯だ。今更もうどうにもならないが。
門の前で止まると、ファリスはバッツの手に彼が腰に差している剣の鞘を握らせた。
「いっつも打ち合ってるのを、目立つようにちっと応用すんだ」
もしかして、もしかしなくても、剣を使うんだろうな。見張り兵をこてんぱんにしないって言ってたけど、コレをどう使うんだろうな。と、バッツは乾いた笑いを浮かべた。
「……目立つように応用って、何を?」
彼女は彼だけに聞こえる声で何か呟いて、楽しげに笑った。
彼は何かを諦めたかのように、笑った。
「何とか適当にやれよ」
ああ、今すぐ逃げたい、と激しくバッツは思う。彼に浮かぶ笑みは乾いたままだ。
「お前なら、大丈夫だろ?」
そう言ってファリスは鮮やかに笑う。それに一瞬見とれてしまって、やっぱりコイツにはかなわない、と思った。
その瞬間、清々しいまでに何かが吹っ切れた。
「行くぜ」
そう言ってファリスは大きく息を吸い込んだ。そして割れんばかりの大声を出した。
「皆様方、ご注目を!」
大声にバッツの耳が痛む。剣鞘に手をかけた姿勢のまま、せめて耳くらい塞がせて欲しかったと強く思う。
「我々のような放浪の者が、差し出がましいとは思いますがご容赦を!今日のめでたい日を僭越ながら祝わせて頂きます!」
朗々と響く彼女の声に、何事かと見張りの兵だけでなく城内の方からもこちらを伺っているようだった。
次の瞬間、ファリスは自分の腰に下げていた剣を抜くと、バッツにも同じようにするよう目で促した。
そしていきなりバッツへ斬りかかる。
咄嗟にバッツも剣を抜いてそれを受け止めた。
キン、と金属がぶつかる音がする。ギリギリと剣にかけられて来る力に、バッツは舌打する。こいつは手加減なんぞする気は無いらしい。
力が拮抗したまま、剣と剣は交わる。ファリスは口の端で笑うと、背後へ飛びすさった。そして勢いをつけて体を回転させながら、バッツへ切り込んでくる。
ちくしょう、こうなったらとことんやってやる、と開き直ってそれを打ち返した。
そうして腰にさしたもう一本の剣を空いている手で素早く抜くと、大きく飛び上がりながら、2本の剣で彼女へ切りかかる。
一撃目。ファリスの剣に跳ね返される。
着地し、跳ね返された反動のまま踏み込んで左手でニ撃目、斜め下から斬り上げる。後ろへ跳び、間一髪でファリスがそれを避けた。着いた足を軸に勢いを付けて前方へ飛び込む。下から突き上げるように剣を繰り出す。
バッツは2本の剣で受け流すようにそれを止めた。
流れるように無駄のない双方の動き。
研ぎ澄まされた、張りつめる空気。
剣と剣がぶつかり合う度に音を立てる。
軽やかに、鮮やかに、まるで舞うような動き。それはその場にいた者たちの目を釘付けた。
城内からも城下からもいつの間にか多くの人が集まっていた。
カアンと高い音を立てて剣が止まった。
交わった剣の下で、ファリスが少し息を乱す。
止まった格好のまま彼女が満足げ笑うのを見て、バッツも同じように笑みを浮かべた。
観衆のどこかから拍手が起こった。それに飛び火するかのように、周囲からどっと歓声があがる。
しきりに拍手やら、口笛やらがわきあがる。
ファリスはスラリと剣を鞘におさめると、おどけるように礼をした。
バッツも充足感のような物を感じながら剣をおさめる。
「素晴らしい」
城門の方より誰かが拍手をしながら、そう言って出てくる気配がした。
そちらの方を見て、バッツの顔が思わず凍りつく。
「実に、いいものを見せていただいた。ありがとう」
そう言いながら、その人物はバッツとファリスの前に立った。
笑顔を浮かべようとしたが失敗して引きつったような顔のままでバッツは固まった。
我を忘れて目立ちすぎた――と激しく己の迂闊さを悔やんだが、もう遅い。
ファリスは曖昧な顔で笑っていたが、それを確かめる余裕はバッツには無かった。
彼らの前に立った人物はもう一度「素晴らしかった」と言うと、バッツの方に手を差し出してきた。
どうやら握手しろという事らしい。
ぼんやりとそう思いながら、バッツはその手をぎこちない動作で握った。
手を差し出してきた人物は嬉しそうに微笑むと、握った手に力を込める。
「久しぶりだね、ジャック君」
バッツにしか聞こえない小さな声でそう言ってくる。
そうだよね、あんだけ騒いだもん、気付くよね、と投げやりに思いながら、バッツは顔を引きつらせたまま何とか笑った。
「お久しぶりです、ランスロット、様」
今この出来事全てが何かの悪い夢のようだ、と思いながらバッツは自分が連れ立つ女の、かつて見合い相手だった人物を見つめた。
その人物こそ今日のめでたい日の主役――この国に婿養子に来た王子であった。
今までで一番「この場から消えて無くなりたい」とバッツは心底思った。
* * * * * * * * *
「we are〜」で一番書きたかった部分が8と10と11話、そして13話目でした。
最初は漠然と「バッツとファリスと見合い相手のその後(?)を書いてみよう」てな感じだったんで、こんな長くなるとは思いもよらず(苦笑)
(2005.05.15)
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