女は化ける―バッツの正直な感想はそれだった。
旅をしている時、化粧気の無い顔で、毎日の旅で日焼けようともレナが美しい少女だというのは知っていたが、やはり改まった格好で見るのは全く印象が違う。
そうして、「女は化ける」という一番の代表格が―レナの姉である。
男だと思っている時から「男にしちゃ綺麗だな」とは思っていたが、いざ変身させられた(お姫様仕様に)格好を見た時の驚きは、今も言葉に出来ない自信がある。
などという事を考えていると、また扉が叩かれる音がした。
「おうーオレ」
そうして誰かと問うまでもなく自分でそう言って勝手に部屋へ入ってきた。
そんなガサツな所は相変わらずだなと思いつつ、扉をノックする位には礼儀が身については来たかと思って彼女付きの侍女達の苦労ぶりを想像して少し苦笑した。
「ひっさしぶりだなあー!生きてたかテメエ!」
そう言うなり部屋に入ってきた人物―ファリスならぬサリサ姫はバッツに嬉しそうに笑いかけた。
乱暴な言葉使いとは裏腹に、その姿は先ほどのレナと同じくらいの改まった格好だった。
シンプルな造りの山吹色のドレスと高い位置に一本に結われてそのまま背中に流されている髪型がよく似合っていた。手には白い薄レースの手袋をはめている。
そうして対するバッツは、彼女が今日城を抜け出していない上に姫格好をしている様子と、旅をしていた時のイメージとの違いすぎとどれに重点を置いて驚けば良いのか分からず言葉が出ない。
「んだ、テメ、いきなりシカトかよ」
不機嫌そうに腕組みをするファリスに我に返って、ようやくと言った様子で挨拶をする。
見惚れていた、などとは死んでも悟られたくなかった。
「・・・お前、なにそのカッコ?」
「ああー、これぇ?」
ピラリと無造作にドレスの服の裾をつまんでみせたファリスを慌ててバッツは止めた。
「お前、やめろよ仮にもそうゆう格好してるときにそうゆう事すんの」
「仮にもってなんだ仮にもって。正真正銘だっつーの」
面白くなさげだったがとりあえず服の裾をつまむのをやめたファリスにバッツは内心安堵した。
「なあ、似合う?」
「・・・喋らなきゃお姫さまに見えるぜ」
ニヤリといった風に笑うファリスに内心また良くない不安を感じつつ、とりあえずは褒めておく。
そうして彼のその返答は彼女を満足させたらしく、満足げに彼女は腕組みをした。
「だろ?オレもさ、まあ大人しく色々姫修行してだなー、まあサマになってきたかなと思ったわけよ」
そうして彼女は口の端を上げる。尊大なその様子に、先ほどの己の不安が的中しそうな気がして思わずバッツは何となく逃げたい気がした。
「んでなー、その成果を試す事にしたんだが」
明らかに続きがありそうなそのセリフにバッツは逃げたいという自分の予感の正確さを呪った。どう転んでもそれがロクな事では無いのは今までの経験上明白だ。
「そうか。それは良かった。んじゃあ、まあ俺はこの辺で・・・」
「まあーそう言うなって、バッツ君」
そう言うなり、彼女は逃げ腰だったバッツの首を己の腕でガッチリとらえた。
いくらお姫様の格好をしていても、その相手はファリスだった。女とは思えない凄まじい腕締めに、自分の喉が大気中の酸素と隔てられるのを身をもって実感する。
「それでさー、今日祭りがあるんだがな」
腕の力を緩めもせずにそのまま彼に小声でささやく。彼女に何企んでますという表情が浮かんでいるのは体勢上バッツには見えない。
「苦じ、は、はなし」
息絶え絶えな彼の様子にさすがにヤバいと感じたのか彼女は腕の力を緩めた。すかさず彼は彼女の腕締めから逃れ、肩で荒く呼吸をする。
「殺す気か!」
喉がまだ苦しかったが、なんとか一呼吸おいてファリスに怒鳴りつけた。彼女は応えた様子もなく意地悪げに笑う。
「んな程度で死ぬタマかよ」
「少しは労われ!」
「ああ、すまないなあ。大丈夫か?大丈夫だよな?大丈夫じゃない訳が無いよな?」
彼女のあんまりな態度にもはや怒りすら湧かなかったが。
「本題に入っていいか?あんま時間ねえんだよ」
「・・・なに」
こちらがカッカするだけ無駄だというのも長い付き合いで培っている教訓だ。そんな悲しい悟りに少しバッツは自分が可哀想になる。
「だからな、今日祭りがあるんだがなあ。お前が今日来たのも何かの運だよなあ」
バッツが聞きたくない、と思ったのと彼女が言葉の続きを言うのは同時だった。
「協力してくんねえかなあ」
言葉こそ助力を求める形だが、その相貌から放たれる鋭い視線は明らかに脅迫の意味合いを持っている。
今断って一悶着起きるのと、協力して一悶着起きるのと。どちらが安穏に終わりそうかという天秤はどちらに乗っている秤も重い。重すぎる。
「っつうか、苦楽を共にして来た者同志、勿論力になってくれるよなあ?なあ?」
最早自分の逃げ道はふさがれた事をバッツは嫌々ながら悟る。
諦めろ。今日ここに来たのが運のツキ。
「・・・・・・分かったよ」
ガックリと肩を落としながら彼はしぼり出すようにそう言った。その背中が痛々しい。
「仲間思いのバッツ君!いやあ、さすがだねえ」
彼女は機嫌良く笑いながら彼の背中をバンバンと叩いた。
その痛みをバッツは諦めたように笑いながら受け入れた。
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