「とりあえず場所移すぜ」
 そう言ってファリスは彼が通されていた部屋から出るように促した。
 どこに行くのだろうと思いながらも、諦めた彼にはついていくしか出来ない。
 部屋を抜け、いくつか廊下を抜けたが不自然な程に人に出会わなかった。ここまで誰にも会わないというのもおかしいと段々バッツが思い始めた頃にようやく目的地に到着する。
 人二人が手を伸ばした位の大きい扉をくぐるとそこは中庭だった。突然の外の気配に思わず安堵する自分がいる。自分がいるのはこの場所だと思えて安心した。

 中庭の中央あたりまで歩みを進める。
 噴水が水を溢れさせている。
 その隣で対峙する形で立ち止まる。
 バッツの全身を無遠慮に見渡してファリスは溜息をついた。
「まずは、カッコをどうにかせんとな」
 ちょっと待ってろと言い捨てて彼女はその場から身を翻そうとした。
「ちょ、ちょっと待て!」
 慌てた様子のバッツにファリスは歩き出そうとするのを止めた。何なんだよというのが声に出さずとも顔に書いてある。
 それはこっちの心境だと思いつつバッツは彼女をにらみ付ける。
「何たくらんでんのか全っ然聞いてないんですけど」
 彼女は納得した表情になり信じられない言葉を吐いた。
「・・・言ってないっけ?」
「聞いてねえとも!!」
 さすがにしまったという表情になった。
「・・・ああ、悪い。『祭りがある』っつったろ?さっき」
 嫌な予感がする。嫌な予感がする。
 出来ることならその場で飛んでどこかへ行ってしまいたい衝動にかられる。バッツはこの時ほど自分にテレポが使えない事を悔やんだ事はなかった。
「・・・・・・祭り?」
 聞きたくない気持ち100%で相槌を打ったが、まあ気にならないというのも嘘だ。
 そしてファリスは「何か企んでますよ、楽しみでしょうがないですよ」という笑いを浮かべて先を続ける。
「お見合い」
 彼女がそう言った時、周囲に絶妙のタイミングで風が吹いた。
 風に髪をなびかせて腕組みをして含み笑いを浮かべる彼女は、どう見ても―悪魔にしか見えなかった。
 たっぷり10秒以上の沈黙の後、固まったバッツにその単語の意味が流れてきた。
「・・・あの、つかぬ事をお伺いしますが」
「何だよ」
「・・・お見合いって、あの結婚相手を決めるっていうお見合いですか」
「それ以外になにがあんだよ」
「・・・「姫修行の成果を試す」ってのになんでお見合いなんですか」
「猫かぶり試すのに一番手っ取り早いじゃん。ってお前なんで敬語なんだよ」
 もはや色々な意味で脱力した彼には答える気力すらなかった。
 ファリスはうさん臭げにそんな彼を見ていたが、気を取り直したように腰に手を当てた。
「お前は立ち会うだけで良いから」
「・・・ごめん、やっぱ言ってる意味が分かんない」
 頭働かせろよと顔に大いににじませてファリスは言葉を続けた。
「だから、従者として立ち会うだけで良いんだよ。お前の今のカッコじゃそう見えねえしな。服借りてくっからちょっと待ってろ」
 そう言うと彼女はその場から身を翻した。
 そしてバッツは今度こそ止める気力もなく、その場で頭を抱え込んだ。
 本当にどうして自分にはテレポを使えないのか、と悔やまれる。
 深いため息を付いた後、彼は円形の噴水の所の石に力なく腰を降ろした。


 姫修行成果を試すために見合いをすると言う。
 その上自分にその立会人になれと言う。

 噴水の周囲に植えられた白い花が風に揺れる。

「ひでえヤツだよな」
 ほろ苦く笑いながらバッツは空を見上げた。
 夕暮れの色を少し含んで、城の屋根に空が切り取られる。
 空が苦い色を含んで光るように見えた。

 どの位そうしていたのか、バッツは分からなかった。
 ただこうして見上げた空の色を、これからも思い出すんだろうと思った。
 覚えていたい色では、なかった。
 このまま一気に笑い話になるくらいの時間が流れればいいと思いながら、ほろ苦く笑った。






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