時間にしたらそれ程たっていないのだろう。
しかしファリスが戻ってきたときバッツにはどのくらいの時間が経っているのか正確に把握できなかった。
「何ボーっとしてんだ」
そう言う彼女は手には先ほどの言葉通り一組の服らしきものを持っていた。
言葉通り「借りて」来たのか非常に怪しいところだったが、余計な事は聞かないに限るとばかりにその辺りを詮索するのは止めた。聞いて結局寿命が縮む思いがするのは自分なのだと、バッツは重々知っている。
「ほら」
ファリスが手にした服を無造作に彼へ投げて来たのを彼は慌てて受け止めた。何しろ自分の後ろは噴水だ。取り損ねたらと考えただけで、バッツは後から青ざめる。
そのまま困ったように座る彼をいらいらしたようにファリスは見た。
「早く着替えろよ」
「・・・・・・・」
戸惑った様子のまま動かない彼に、ますますいら立ちを募らせてファリスはにらむ。
「・・・・・・・・・ここで、着るのか?」
「時間ねえっつたろーが」
右手を腰にあてた格好の彼女のいらついた様子に、観念してバッツは立ち上がった。
強引に陰謀に巻き込んでおいて着替える部屋くらい用意するのが人道ではないかと声を大にして言いたかったが、無駄だというのも嫌というほど知っていたので、結局何も言わず諦めて渡された服を着る事にした。
着替え出す気配を感じて、ファリスはそのまま後ろを向く。それ位の配慮はあった事に安堵しつつも、それでも納得がいかない胸中を無視して着替えた。
「・・・終わったんですけどー」
バッツの声は無愛想だ。好き好んでこんな格好をしたいなど思わない。
ファリスの持ってきた服はおそらく従者用の物なのだろうが、それでも城内の着衣らしく普段身に付けるものとはかけ離れている。上質の布地なのだろうが、固いその生地は動きづらくてしょうがない。
ファリスは動きづらさに顔をしかめるバッツを全身見渡すと、「まあ見れるようにはなったな」と無愛想に言った。
「お前の服、自分の荷物入れに入れとけよ」
「はあ?持ってく訳にいかねえだろ」
疑問符を顔に浮かべながら自分の脱ぎ捨てた服をバッツが指差す。
「置いてく訳に行かねえだろ」
不機嫌そうに言われてにらまれたので、疑問は尽きなかったが渋々服を荷物入れにしまう。許容量限界以上だったが、長年の旅暦で培った収納技術を駆使してなんとか入れた。
そうすると今度は自分の愛用の剣を腰に付けるように促される。
そもそも見合いの席に従者がいるのも不自然な気がする。タイクーンの風習なのだと言われればそれまでだが、剣まで身に着けるのにはやはり納得がいかない。そんな疑問が顔いっぱいに出たのだろう。
「お前、今日は俺の護衛」
やはり非常に納得が行かないまま、それでも無言でファリスに促されバッツはその場所へ向かうことになった。
「お前、自分の荷物ちゃんと持ってけよ」
「・・・持ってったらうさんくさすぎだろ」
「置いてく訳には行かねえだろ」
自分の中の嫌な予感が更に高まるのを感じながらも、バッツは半ば投げやりな気持ちで荷物を左手に持った。
中庭に来た時と同じように、いくつもの廊下を抜ける。
向かっている方向が違うのだというのは予想が付いた。
誰かに見つかってしまうのではとバッツは危惧していたが、先ほどと同じく誰にも会わなかった。人がいなさすぎで不自然だった。
そうしてとある部屋の前で立ち止まると、ファリスはその部屋の扉をいきなりあける。
ノックもなしかよ!とバッツは大いに慌てた。
「誰もいねえから」
それを察したのかファリスが説明した。
会場となるべき場所にすら誰もいないという不自然さにバッツは思わずその疑問をぶつける。
「ここら一帯、人払いしてあんの」
最早不自然すぎるその状況に彼の顔つきは険しくなる。
彼女はそれにニヤリと笑い返す。
「条件付けたんだよ。お見合いすんのに。だから護衛はってゆうか立会い人自体お前一人しかいねえから、見つかる心配はねえって」
そして陽気に笑う彼女を見ながらバッツは、思わず眩暈を起こしそうになった。どこにどう突っ込んでいいのか分からない位眩暈を起こしそうになった。
「・・・・・・お前、ホントに何企んでんだよ」
逃げたい気持ち100%の己を何とか押さえ、精一杯でそれだけ言った。
ファリスはそれに何も答えず、悪戯を仕掛けるのが楽しくてしょうがないという風に嬉しそうに笑った。
「んじゃあ、今から相手連れてくっから、お前従者らしくしてろよ」
そう言い捨てると、彼女はその部屋から出て行く。
ひとり取り残されてバッツは脱力しまくっている自分がその場に立っているのを心底偉いと思った。
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