胸内で色々な不安が渦巻く中、落ち着かない様子でバッツは立っていた。
従者になった事もなかったしそんな事に縁があろうとも思っていなかったのだが、今日まさかそれを体験するはめになると思っていなかったのも事実だった。そんな事は諸手で迎え入れる事でもなんでもなかったが。
正直内心かなり混乱していた。
とりあえず、どの辺にいれば従者らしくなるか分からず、部屋中をウロウロと歩き回る。こんな時にファリスが戻ってきたらと冷や冷やしていたが、幸いまだ人が来る気配は無かった。
やはり扉の近くにいるのがそれっぽいと自分で結論づけて、出入り口の近くに立った。
中央に置かれた長机の上に、中庭でみた白い花が大輪に生けられていた。淡い室内灯を反射して幻想的に見える。
その白さに、突如海の端で崩れる波を思い出した。
風が吹いて、翻す。
海の鳥が、飛ぶ。
遠い遠い青い色が目の奥を焼く。
上を見上げると、柔らかなクリーム色の天井が目に入る。
遠い遠い青い色が、砕ける。
落ち着かない気持ちのまま、腰につけた剣柄をなでると少し安心した。
そうして扉を遠慮がちに叩く音に、我に返った。
気を引き締めて姿勢を正す。
だが、そのまま待っていたが誰も入ってくる気配がなかった。
訝しげに顔をしかめた瞬間に、自分が開けるのかと思い至って大慌てで扉を開けた。
部屋に入ってきたのは見慣れたひとりの姫と見慣れないひとりの男性(おそらく見合い相手と思われる)の2人。
ファリスの言ったように、当事者と自分以外の人間は出入りしないらしく内心安堵する。
扉を開けながら礼を取るバッツがこっそりファリスを伺うと、目が合い様に切るような凄まじい視線を向けられた。
「お前これ以上ヘマすんなよ」と、嫌でもその目線が語っている様子にバッツは体中に冷や汗をかく。
彼らが部屋へ入り終わると冷や汗をかきつつバッツは扉を閉めた。
長机の奥に男性が腰を降ろす。
そうしてその向かいに姫が腰を降ろした。
嫌でも目に入ってくるその様子に、バッツは冷や汗が乾かないまま硬直したように立っていた。
「まあ」
姫が何かに気付いたように声をあげた。その普段からは想像も出来ない猫なで声に、バッツは思わずむせ返りそうになった。
「申し訳ありませんわ、わたくしったら、お飲み物も持ってこないでしまいましたわ」
姫がそう申し訳なさそうに言う様子をバッツは呆然と目を見開いて見守った。
「良いんですよ、姫。お気になさらないで下さい。貴方に会えただけで私は嬉しいです」
見合い相手の男性は言葉どおり気にした様子もなく返す。印象どおり穏やかな口調だった。
「まあ、ランスロット様・・・。わたくしも貴方とお会い出来て嬉しいですわ」
「姫、不躾な質問かと思いますが、今日は他の方は」
うわ、やべえ、いきなり状況怪しまれてるよ、そりゃそうだよなとバッツは内心生きた心地がしない。
「・・・ええ、わたくし、ランスロット様と2人でお会いしたかったんですの。どうしてもと我侭を申しましたら、護衛を一人付ける形で了承して頂いたんですのよ」
とりあえず自分へ水を向けられる事はなさそうだとバッツは心底安堵した。体中に嫌な汗が流れている。
「そうでしたか・・・。お気持ち非常に嬉しいです。姫」
「ランスロット様・・・」
姫が恥ずかしそうに右手を頬に当てる様子を、バッツはまるで何かの悪夢を見ているような気持ちで眺めていた。
お姫様、きっとサマになってるよ。けど、俺にすればギャップがあり過ぎて具合悪くなりそうだと声にならない叫びが溢れる。
心臓に悪い。悪すぎる。
どうでも良いから早く終わって欲しい。
頼む、俺が悪かった、と何かに謝りたい気持ちでいっぱいになる。
サリサ姫がおしとやかな仕草をするたびに、バッツは拒絶反応を起こして倒れそうだった。
こんな彼女を見続けたら、間違いなく具合を悪くして俺は死ぬ、と確信するくらいの拒絶反応ぶりだった。まあ、普段蹴られたり殴られたりという乱暴さを骨の隋まで味わっている彼にすれば、それはしょうがないだろうが。
見合い相手がランスロットという名前らしいという(この場にすれば)有益な情報もバッツには浸透しない。
芝居のような景色にただ眩暈を起こすだけだった。
歓談が和やかに進めば進むほど、バッツは本当に具合が悪くなっていった。何故ならサリサ姫の優雅な振る舞いを見続けるハメになったからである。
それは「俺護衛だけど護衛として役に立ちそうに無いよ」と確信する位の疲労ぶりだった。
バッツの様子を尻目に、見合いは続く・・・かと思われたが、やはりそうは問屋はおろさなかった。
その後自分の嫌な予感の的中率をバッツは身をもって知らさせる事になる。
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ランスロット様」
突如サリサ姫は顔で手を覆い、悲鳴のような叫びを上げた。
「いかがなされたのですか、サリサ姫!」
ランスロットの心底心配そうな問いにもサリサ姫は答えようとせずただ顔を手で覆って肩を震わすばかりだ。
「・・・ごめんなさい、やっぱりわたくし貴方とは結婚できません」
そう一発目の爆弾をサリサ姫は落とした。
「な、何故ですか、姫!理由をお聞かせ願えませんか」
ランスロットは明らかに狼狽した様子でそれでもやはり心配そうに姫を気遣う。
落とされた爆弾に怒る様子のないランスロットを見ながら、内心もう倒れるくらい冷や汗をかいていたバッツだったが、相手が純粋にサリサ姫を心配する様子に、「あんたすげえ騙されてるぞ」と声を大にして忠告してやりたい衝動にかられた。
「・・・ああ、今日ここに居るのがどうして貴方なの!ジャック!」
悲愴にそう言うなりサリサ姫は席を立つと、もの凄い勢いでバッツの胸へ抱きついてきた。
は?ジャック?誰だよ?と思うまでもなくバッツは真っ白になる。
サリサ姫が落とした二発目の爆弾は、嫌でも自分が巻き込まれる物だとだけは容易に想像がついて、その日一番気が遠くなりそうになった。
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