音をたてて、くべた薪がはぜた。
炎が揺れる。
凍る季節。
周りはこんなに寒いのに、この場所だけが暖かくてとても不思議で安らかな気がした。
「もう寝なよ」
母親の少し困ったような声がした。
暖炉の近くの椅子に腰掛けながら、編み棒を動かしていた手を止めて自分を見ていた。
何を編んでるの聞いたら、母親は嬉しそうに「秘密だよ」と言った。
だから何が出来上がるのが楽しみにしている事を、自分も秘密にしている。
「ねえ、お話して」
少し甘えたように言うと母親は困ったような笑顔を浮かべて椅子から立ち上がると、暖炉の前に座る自分の隣に腰を降ろした。
「じゃあ、聞き終わったら寝んだよ」
そう言いながら髪をなでてくれるのが気持ちよかった。
「何を話そうかね?」
「んんとね、『いのりか』のお話」
泣いても知らないからね、と言いながらも母親は話し始めた。
お父さんとふたりっきりで暮らしている男の子がいたとさ。
お父さんは、毎日毎日寝る間も惜しんで働いていたが、暮し向きは一向に楽にはならなかったそうな。それでも何とか親子ふたりやりくりして、生活していたそうな。
長年の無理がたたったのか、お父さんは病気になってしまった。
それも、普通の病気じゃあない。
お父さんはある日突然、眠ったまま目を覚まさなくなってしまったのだよ。
叩いてもつねっても、水をかけてみても、どうしてもお父さんは目を覚まさなかったとさ。
男の子は困った。
そりゃそうだろう。自分のたった一人の家族が寝たまんまだからね。
どうしたらお父さんを治す事が出来るのか、男の子にはさっぱり分からなかった。
どうしたと思う?
え?何回も聞いたから、答えは分かってるって?
まあ、そう言わない。
そう、男の子はね離れたところに一人っきりで古くから住んでいる魔法使いに聞きにいったのさ。
そりゃあ偏屈物の魔法使いでね。村人達は滅多な事じゃあ近寄らなかったもんさ。
それでも、古くから住んでるからね。だーれも知らない事をたくさん知ってるのもその魔法使い以外居なかったのさ。
恐くて仕方が無かったけど、それでも男の子は魔法使いを訪ねたのさ。
魔法使いの住んでるとこは、そりゃあ不気味な薄暗い森の中で…え?何回も聞いてるから、この辺のとこは飛ばして進めろって?…しょうがないねえ。
まあ、ともかくそこに行ったのさ。
魔法使いは男の子を見るなり、こう言ったのさ。
「お前が来るのは分かってたよ」ってね。
「誰かに来られるの程うんざりするこたあ無い。用が済んだらさっさと帰ってくれ」って言うと魔法使いは男の子に一枚の紙きれを渡した。
それには不思議な形の絵が描いてあってね。魔法使いが言うには「祈り花」っていう三枚の花びらをつけた魔法の花なんだとさ。そりゃあ不思議な花で、咲くたびに色が変わるんだそうな。この森のどこかにまだ咲いてるかも知れないから、それを探せって事だった。
祈り花には見つけた人の祈りを叶える力があってね、ただし見つけた人も祈り花の祈りを叶えなきゃあならない。どんな事を叶えなきゃならならないかは、誰にも分からないんだとさ。
男の子は言われた通り祈り花を探した。夜通し探したのさ。
森中くまなく探したけど、でも、どこにも無かったのさ。
疲れ果てて男の子が諦めようかとも思った時にね、どこからか歌が聞こえてきたんだと。
聞いたことのない言葉で、それでもそりゃあ綺麗な歌だったとさ。
その歌の方へ行ってみるとね、森の藪のなかからひっそりと光が見える。
光の近くに行ってみると、魔法使いが言った通り三枚の花びらをした花が咲いていたのさ。
その花が光ってたんだね。
不思議な白い色の花でね、そこからやっぱり歌が聞こえてくる。
その花に男の子は言ったのさ。お父さんを治してって。
その花はこう言った。それじゃあ、私のお願いも聞いてくれる?ってね。
その花のお願いはこうだ。もう歌うのに疲れたから私の代わりに歌って欲しい。
男の子は困った。だってね、その花の歌は自分の知らない国の言葉らしかったからね。
「歌の言葉が分からないから歌えない」って男の子が言うと、花はね「私の歌をそのままあげる、そしたら歌えるから」って言った。
だからね、男の子は「じゃあ、僕がこれから歌うからお父さんを治して」って言った。
その花の力か誰にも分からないけどね、男の子のお父さんは暫くして目を覚ましたんだと。
けれどね、それ以来さ。
男の子は帰って来なかったんだとさ。
そしてね、それ以来さ。
夜になると時々ひっそりと歌が聞こえてくるようになったのは。
むかーしの、お話。
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